僕の声に歩みが早くなる二人。
雪卯さんだってきっと、美音ちゃんには元気でいてほしいはずだ。
「さとる…二人が無事でよかったね…」
「後もう少しでホテルですよ、マスター」
僕のポケットにいるルセルとシュクレが、もぞもぞ動いてそう言っているのがかろうじて聞き取れた。
もう少し…あともう少しだ…
僕よりも前を歩いていた、星夜くんと美音ちゃんが非常口がホテルに入っているのが微かに見える。
かなり吹雪に自分が立っていられるのが不思議になる。
ああ、なんだか目の前がどんどん真っ白に…
これ以上は歩けないし、立っていられなそうだ。
もう僕はここでおしまいなんだろうか…
そう最後に頭よぎった僕は、そのまま意識をなくした。
「さ、さとるっ…大丈夫!?」
「マスター、起きて下さいっ!マスター!!」
僕の胸ポケットで叫ぶ事しか出来ない二人…
意識をなくした僕にはもう、二人の悲痛な叫びを聞く事は出来なかった。
「……た……じょぶ……」
「……なた、だい…じょうぶ…」
「あなた、大丈夫?」
雪のように静かで優しい女の人の声がする。
その声に何とか顔を上げた僕の目には、白い着物を着て白い髪色をした、白くて綺麗な肌をした女性が僕を心配そうに見ている。
はたして、これは夢なのか…
そして、この女性の姿を僕はどこかで見かけた事がある…
冷たくなっていく僕の頭には、もうそんな事を考えるだけの力は残っていなかった。
「ふふふ、似てる……そっくりね…彼に…」
最後に僕の前にいた女性がそんな言葉を言っているような気がした。
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「へぇ…そうなの…あなた達は神姫っていう存在なのね?」
「はい、私たちは神姫というフィギュアロボで、主にバトルをしたりマスターと日常を一緒に過ごしたり…そんな存在です」
「それはすごい世の中になったのねぇ…」
暖かい…すごく暖かい。
一体、どこなのだろう…ここは。
まずは、目を開けて様子を見てみなきゃ。
「……っ…」
誰かが喋っている声で眠りから目覚めた僕は、恐る恐るゆっくりと目を開く。
「さっさとるっ!よかった、さとる無事で!」
僕の頬に当たる小さな感触…これがルセルだと分かった時には、もうルセルが嬉しそうに僕の頬に抱きついている。
「マスター…ようやく目覚めたんですね、ありがとうございます…雪羽さん」
少し離れた所でシュクレの嬉しそうな声がする。
「………ゆきうさん?」
僕が半身を起こすと、そこには先ほどかすれゆく意識の中で見た女性が微笑んでいた。
「無事なようで何より…ミニーソンくんっていうのね」
僕はあまりの不思議な事態にまだ夢を見ているんじゃないかっていう気分になる。
何度も何度も目を擦って、目の前の女性を見るもその事実は変わる事がない。
「あら、私がお化けにでも見える? 確かにあながち間違ってはいないわ…でも、ちゃんと私はここにいるの」
僕のいるベッドへ歩み寄る、ゆきうさんという女性。
彼女はそのまま僕がいるベッドの端に腰掛けると、僕の手を取りそのまま自分の胸へ持っていく。
「あ、ああ…」
何とも情けない声が出た。
その感触は大きくて柔らかく、人より少し温度が低い。
信じられない状況に頭が沸騰しそうになる。
「だっ、ダメだってばさとるっ!」
枕元にいたルセルが大声を張り上げている。
そのおかげでポーッとしていた僕の頭は少し覚めた。
「あ、あの…ごめんなさいっ…」
慌てて捕まれていた手を引っ込める僕。
「ふふ…こちらも何だかひどい事をしてしまったようね…ごめんなさい…」
女性はくすりと悪戯に笑うと、組んで座っていた足を組み替えた。
なんて綺麗で素敵な人なんだろう…思わずゴクリと喉が鳴る。
そして、大きすぎる白い胸…着崩した着物からこぼれ落ちそうなくらい大きな胸だ。
「さっきこの胸を僕は…」
なんだか鼻がものすごい痛くなってきた。
…と、同時に鼻から真っ赤なものが流れ落ちる。
鼻血…出ちゃったのか…
「ば、ばかー!さとるの馬鹿馬鹿っ!もうお前みたいな最低なマスター、僕は知らないんだからなっ!」
ルセルが足をバタバタとさせているのが伝わる。
これはまずい…早く落ち着かないと。
「ごめんなさい…でも、私がお化けじゃないって分かったでしょ?」
先程ゆきうさんと呼ばれた女性は、僕の鼻をハンカチで抑えながらニコリと微笑む。
「は、はひぃ…」
鼻血がかなりの勢いで出ているので、こんな情けない返事しか出来ない僕。
それにしても…どうしても気になって仕方ない事がある。
「私は雪に羽という漢字を書いて雪羽、そちらに眠っている子があなたもよく知っている雪卯さんね」
雪羽さんが指差した方向にいたのは…クレイドルに横たわっている美音ちゃんの神姫の雪卯さん。
「マスター、このクレイドルはマスターのバッグにあったものですよ」
僕はシュクレにそう言われて、ようやく自分が何をしなければいけないか思い出した。
「あ、あの…今さらですが、ここは…?」
少し落ち着いて来た鼻を自分で抑え、一番の疑問を雪羽さんにぶつける。
「ここは避難用の山小屋よ、私の家はもっともっと山奥にあるの…そして、そこの雪卯さんとは何だかお互いに呼ばれてるような気がして出会った…」
「いつもはこんなに人がいる所までは出てこないの…私」
雪羽さんは僕の疑問にゆっくりと優しく答えてくれる。
「彼女…雪卯さんには色々聞いたわ…彼女のマスターの事も、そのマスターの両親の事も…」
何だか引っ掛かるような雪羽さんの発言に、僕やルセルやシュクレの頭の中はハテナが浮かんでくる。
「美音ちゃん…っていうのね、彼女のマスター…そして、彼女の両親は歌音さんに影流…」
雪羽さんの表情が先程までと変わり、どんどん曇った表情になっていく。
「影流…は…私のいとこなの…私が子供の頃からずっと側にいてくれた…」
「私ね…一度、死んでるの…」
雪羽さんのその発言に、僕たちは声もなく驚いてしまう。
一度死んでしまっているという事は、まさか…
「やっぱり…?」
思わず出てしまった僕の声に、雪羽さんは苦笑する。
「だから私はお化けじゃないと言ったでしょ…人間としての人生はもう終わってしまっていたの…そして、今は雪女として…って信じられないわよね」
そう苦笑する雪羽さんの瞳に偽りなどなかった。
「子供の頃、病弱だった私は雪女でありながら、人間として生きようとしてた…私の両親がそうしてくれてたの…病弱だったのも雪女なのに雪女として生きてなかったからみたい」
だから雪羽さんの体温は冷たいけど、人間とすて生きてきた過去があったから暖かい人なのか。
「人間だとか、雪女とか関係ないですよ…雪羽さんは僕たちを助けてくれた…それだけで雪羽さんは素敵であったかい人だって分かりますから」
あまり話すのが得意じゃない僕も、これだけは雪羽さんにちゃんと伝えたかった。
「雪羽さん、僕たちを助けて下さってありがとうございます」
「ありがとう…ミニーソンくん、あなたのお父さんも過去に私にそう言ってくれたわ…」
「と、父さんが…!?」
こんな所で父さんの名前が出てきてひたすら驚いてしまう。
「私、雪女として生きると決めた時、あなたのお父さんにだけ相談したの…彼も私と同じでただ者じゃない雰囲気を出してたから…」
「でも、雪女として生きるには人間としての過去を捨てなきゃいけない…人間時代に仲が良かった人も大好きな人ももう会ってはいけないの…」
「そこで私は悟さんのお父様に作られました…せめて大好きな彼に忘れられないように、姿は小さくても今までの雪卯として彼のそばにいるために…」
クレイドルで休んでいた雪卯さんが立ち上がり、雪羽さんと同じ声で話しをし始めた。
それにしてもそっくりだ…父さんもよくやるよ。
何だか僕の中で不思議だった事がだんだんまとまってきた。
「雪羽さんは、彼の未来を守るために雪女として生きる事を選んだ…雪女の家系で、雪女を絶やすような事があれば一族は…」
雪卯さんは雪羽さんの方を見ながら俯き、悲しそうな声で話す。
「なるほど…雪羽さんが雪女として生きると決めたからこそ、影流さんや歌音さん、美音ちゃんは平和に暮らせているんだ…」
僕はいきなりの難しい話しに戸惑いながらも必死に理解しようとした。
そしてなぜだか、以前美音ちゃんの家に行った時の事を思い出した。
「影流さん、言ってました…雪羽さんは今でも大切な家族だって…もういないかもしれないけど、家族として全力で愛してると…」
それはルセルやシュクレも同じだったようだ。
僕より早く思い出したシュクレは、影流さんの想いを必死に雪羽さんに伝える。
「まだ、覚えてくれてたのね…影流…嬉しい…ありがとう、ミニーソンくん、ルセルさん、シュクレさん、そして雪卯さん…」
雪羽さんはその言葉に涙を浮かべながも、必死に微笑んでいる。
窓の外からは、もう朝日が射しこんでいた。
「いけない、みんなあなた達のこと心配してるわね…すぐに送るわ」
雪羽さんは涙を拭い、すくっと立ち上がると、目を閉じ何かを呟き始めた。
その瞬間、僕たちのいた山小屋の内部が綺麗な吹雪に包まれた。
「ありがとう…ずっと忘れない…あなた達のこと…」
そう雪羽さんの声がしたと思った途端、僕たちはホテルのロビーにいた。
あまりの事にキョロキョロと辺りを見渡す僕たち…
「悟くんっ…よがっだぁ…目が覚めたのねぇ…」
鼻声で喋っている美音ちゃんの顔は涙とか色々でぐちゃぐちゃだ。
同じく慌てて駆け寄ってきた星夜くんや、ちまりちゃんの顔も泣き出しそうな顔から笑顔に変わっていく。
「僕たち…一体…?」
僕はみんなの顔をキョロキョロと見渡すと、みんなは口々に説明し始めた。
「俺たちを助けたお前は、非常口までほんの少しのとこで倒れて…」
「そのまま、ホテルまで引きずってきたけど今までずっと意識を失ったままで…」
「もう死んじゃったのかと思うくらい、体が冷たかったんだよ…ミニーソンくん」
僕はみんなが何を言っているかがサッパリだった。
そして、それはルセルもシュクレも同じ様子…
雪羽さんとの出会いは夢だったのだろうか…それとも…?
「ありがとう…雪羽さん、私あなたが愛した方々を全力で守ります…」
彼女とそっくりな雪卯さんだけは、何かが分かってるかのように決意の表情を浮かべている。
その後、バトロンではかなり弱い方だった、雪卯さんが急に強くなったとかなってないとか…
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「父さん、スキー合宿でさ…雪羽さんに…」
ここは僕の家の中にある、父の研究所。
相変わらず、パソコンの画面に向かいっぱなしの父に珍しく声をかける。
「ああ…そうだな…」
これまた相変わらず、ひどい返事。
嘘みたいな話しに、この神姫馬鹿が耳を傾けるわけがなかったか…
「雪羽…綺麗だったか?」
思いよらず返事が来た事に、なんだかとてつもなく驚いてしまう。
そんな一言だけ発した父は、パソコンの画面から絶対に視線を外さない。
「いつも通り…か…」
でも、こんな風に父との話題が持てるのも雪羽さんのおかげなのかもな…
僕は信じる、雪羽さんとの出会いを。
父が全力で彼女を救おうとした事実があるのなら、それは本当だって思える。
やっぱり僕たちは親子なんだな…悔しいけれど、よく似てる。
つまらなそうで気乗りしなかったスキー合宿も、こんな経験が出来たなら本当に行って良かったと思える。
色々と事件だらけで大変だったけどさ…
「雪卯さん、家族と元気に過ごせてるかな…」
僕は美音ちゃんの神姫である、雪卯さんに思いを馳せた……
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