「シュクレ、どうしたの…それ…大丈夫?」
ぼくは学校の制服を乱したまま帰ってきた妹の姿にとても驚いた。
朝行く時はシャツもちゃんと上までしめていたはずなのに、今は胸元が大きく出ている。
そして、彼がシュクレのために用意した制服のスカートもかなり短くなっていた。
「お姉様に何が分かるんですか…お姉様こそ、私をフっといて全然進展してないじゃないですか」
自分よりも先にヒューマノイド化したシュクレは、髪は自然な茶髪だが神姫だった時の面影を残すようにピンクのメッシュを入れている。
自分は変わらずに白い髪のままでいるので、はたから見れば自分たちは姉妹に見えないかもしれない。
「シュクレ…それは本当にごめん…でも、それとこれとは…」
ここは研究所と屋敷を繋ぐ廊下、もしかしたら誰かに聞かれてしまうかもしれない。
ぼくはシュクレの腕を掴むと慌てて、近くの自分の部屋に連れ込む。
「何が違うんですか…あなたは私より男を取ったじゃないですか、そしてその男のためにヒューマノイドになった…」
シュクレはこの部屋の机に寝ている、神姫の時のぼくの体を手に取った。
「もういらないんじゃないですか、こっちの体は…」
シュクレはぼくに見せ付けるように、神姫のぼくの体を強く握り始めた。
「そうじゃない…とは言い切れないけど、これが最後のチャンスなんだ…ぼくはこの最後のチャンスがうまくいかなければもう二度とヒューマノイドにはならない」
ぼくはギュッとシュクレの空いている方の腕を掴む。
「私は学校に行きたくてヒューマノイドになりました、お姉様みたいな汚らわしい理由でなったわけじゃないんですよ」
シュクレは神姫のぼくの体をそのまま下に落とした。
カーペットの上だったので壊れる事も傷付く事もないが、魂のない体はぐったりと力無く横たわっている。
「シュクレこそどうしたの、その格好…」
ぼくはシュクレを自分の方へ向けると、じっと彼女の目を見た。
神姫の時はかなり身長差があったけど、ヒューマノイドになってからはその差はかなり縮んでいる。
それでもシュクレの方がスタイルはいいし、色々と大きいけど。
「いいじゃないですか…お姉様がそこまで夢中になる男ってものが私も気になってるんですよ」
ヒューマノイドになってからシュクレは変わった。
姉としてシュクレに何かするためにも、自分も同じようにならなければいけないと思っていたのもヒューマノイドになった理由の一つだ。
「シュクレ…シュクレには幸せになってほしい…だから自分を大切にしてほしいよ」
「やめて下さいっ!」
シュクレはぼくの頬をいきなり平手打ちした。
頬がじんじんと痛み出したのがよく分かった。
神姫の時より、もっとリアルな…痛み。
「それに、私はもうシュクレではありません…時雨です! そしてもう、あなたような人の妹ではない!」
シュクレは珍しく大きな声を上げると、そのまま部屋を出ていってしまった。
「シュクレ…ごめん…」
ぼくはシュクレが落とした自分の神姫だった時の体を拾い上げクレイドルに戻すと、そのままぺたりと床に座り込んだ。
「やっぱり…ヒューマノイドになんてならない方がよかったかな…彼だってきっとぼくに振り向いてくれない…」
ぼくは床に転がっていたコードを自分の腕に刺すと、そのまま目を閉じようとした。
「神姫に…戻ろう…」
《トントン…》
この部屋の扉を叩く音がして、ぼくは閉じようとしていた目をはっと開く。
「流瀬さん、ご夕食の準備をしようと思うのですが…」
扉越しにレイニーさんの声が聞こえる。
ぼくは急いで刺していたコードを抜き、立ち上がると慌てて部屋を出ていく。
「す、すみません…お待たせしてしまって…」
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「ねぇ、お兄様…私が可愛いですか?」
今は夕食の時間。
かなり広い食事をする部屋で二人、彼とシュクレだけがぼく達が用意した夕食を食べている。
大きく長い机に誰もいない椅子がいくつもあるが、そこに座っているのもその二人だけだ。
ぼくとレイニーさん達メイドは、二人の背後に並んで立っている。
「ねぇ、お兄様ってば聞いてます?」
シュクレは食事をする手を止め、執拗に彼に聞いていた。
「可愛いに決まってるじゃないか、シュクレ…いや、時雨は僕の大切な家族だから」
彼の方もナイフとフォークを置いてシュクレの方を見ると、笑顔で優しくそう言った。
「では、お兄様…あーんってやってもらえますか?」
シュクレはそう言って口を開けながら、彼を待っている。
何だか見ているのが辛くなるけど、顔を背けないように必死で堪えた。
「全くシュクレは子供だなぁ…はい、あーん…」
彼は一口サイズに切ったステーキをシュクレの口元へ持っていく。
「いただきます…ふふ、お兄様美味しいです」
もぐもぐと美味しそうに頬張っているシュクレが後ろにいるぼくを見た。
何だかとても勝ち誇ったような笑顔だった。
とても複雑な思いがしたけど、頑張って笑顔で返した…つもり。
「学校って思っていたものとは違いますね、もっと面白いかと思っていたのですけど…」
「通い始めはみんなそんなもんだよ、通い慣れたら楽しくなってくるって」
大きな部屋で彼とシュクレの楽しそうな声が響く。
ぼくもあんな風に彼と過ごせたら…と思うけど、現実はそんなに簡単じゃない。
「流瀬さん、頑張って下さい…私はあなたの味方ですよ」
隣で同じように立っていたレイニーさんが、ぼくに小さな声でそう耳打ちした。
何だかそれだけでとても救われた気持ちになる。
もうちょっと自分からも頑張らなきゃ…
そう思って、まずはメイドの仕事を頑張ろうと決意するぼくだった。
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