「やらかした…な…」
「ああ、やらかした…」
誰もいない教室。
どうやら他の生徒たちはもう校外学習で、近くの企業見学に向かったらしい。
俺は自分の机にいるリプカと目を合わせて、ほぼ同時くらいに一緒にため息をついた。
「だからあれほど夜更かしするなと言っていたのだ…」
「しょーがねーだろ、サッカーの試合が夜遅くにやってんだから」
「言い訳するな、とにかくこれからどうする?」
どこに行ったかも分からない生徒たちを追いかけるのもなぁ…
面倒な事を考えるのが苦手な俺は、力無く椅子にだらりと座る。
「もう間に合わないだろ…どこに行ったかも分かんねーし」
「他の教師に聞けばいいのでは?」
「いい、いい…そこまでして行くもんじゃねーよ…」
俺がそのまま机に向かってだらりと体を預けると、リプカは潰されないようにサッと机の端に避けた。
あーあ、こんな事になるのなら遅刻してでも学校行くーなんて言わなきゃよかったぜ…
《ガラガラっ…》
教室の反対の扉が開いた音がしたので、俺もリプカも驚いて固まってしまう。
まずいな…センセーとかだったら色々めんどくさいぞ…
俺はなるべく状況を良くするために、机に突っ伏しながら咳込む事にした。
「ごほっ…ごほっ…」
「えっと…大丈夫…ですか?」
俺の背後に若い女の声がする。
俺は近寄るなというジェスチャーを手でしながら、さらに激しく咳込んでみた。
「げほっ…げっほ…」
「今日、あなたしか来てないのですか? 私、昨日は来てないから分からなくて…」
これはセンセーとかじゃないぞと思って、顔を上げて後ろを見てみれば…
「おま……えっと、あの時の…」
首元までの茶髪ショートにもみあげ部分にピンクのメッシュの女子生徒…
「あ、あの時はありがとうございました…一応」
入学式の時に先輩たちに襲われそうになっていた女の子だ。
相変わらず今日もスカートはかなり短いし、シャツもがっつり開けて胸元を強調するような格好をしているが。
「一応ってなんだよ、もうあんな変な考え起こさないって約束しろ」
「あなたが私の彼氏になってくれるならいいですよ」
後ろにいたと思っていた女子が、今度は俺の目の前に来てこんな事を言うもんだから本当に驚いた。
まぁ、冗談だと思ったからとりあえずスルーするけど。
「冗談はいいんだ、とりあえずお前…名前は?」
「左藤 時雨です、左藤の左はにんべんに左じゃなくて、ただの左で左藤と読みます」
左藤はそう言うと綺麗なままの黒板に自分の名前を書きはじめた。
「俺は、七樹 赤哉だ…字はこう書く」
俺も席から立ち上がると左藤と同じように、黒板にでっかく自分の名前を書いた。
「字、汚いですね」
「うるせー、読めればいいだろ」
「読めないです」
「・・・・・」
初めて会った日はあんな状況だったからしょうがないけど、今目の前の彼女は俺と話して笑っている。
笑えばすげぇ可愛いじゃねぇか…ほんと女ってのはよく分かんねー生き物だぜ。
「こほん…ラブラブしている二人に悪いのだが、この状況はどうする?」
俺の席の机にいたリプカが気まずそうに俺たちに声をかけた。
「確かにそうだった…俺はもう行かないって決めちゃったけど…」
「じゃあ私も七樹くんと一緒でいいです」
「お前なぁ……えっと、紹介し忘れてたけどあそこにいる神姫が俺の相棒のリプカ」
俺は机の上で腕組みして俺たちを見ているリプカを左藤に紹介する。
「この馬鹿の親代わりで姉のような者だ、失礼な事があれば私がいくらでも詫びよう」
「リプカ…てめぇ…」
「神姫ですか…なんだかすごく親近感が湧きますね」
左藤はリプカの方へ歩み寄ると、よろしくお願いしますとペコリと頭を下げた。
「左藤も神姫がいるのか?」
左藤のその言葉にものすごく色々期待してしまう俺。
左藤に神姫がいるならぜひバトルしてもらいたいものだが…
「私には神姫はいません、でも私と神姫はすごく近い存在である事に変わりありません」
「何だよ、それ…さっきからよく分かんねーな、お前」
「分からなくていいんです」
くすっと微笑む左藤。
その笑顔はとても可愛いのだが、やっぱり何を考えているのかよく分からない。
「あー、女ってモンはほんとよく分かんねーなぁ」
俺がくしゃくしゃと髪を掻き乱すと、呆れたように俺を見ているリプカと目が合った。
「赤哉、お前にはまだ女性と付き合うなんて早いようだな…」
「いんだよ、俺は硬派でいきたいから女にベタベタとかしたくないの!」
相変わらずババ臭い事を言うリプカに、とりあえず反抗してみる俺。
「よかったぁ…七樹くんがそーいう人じゃなくて」
「どういう事だよ、左藤」
左藤は俺とリプカが話してるのを見て、とても安心したような顔をしている。
「よくいるじゃないですか、神姫とマスターが恋人関係みたいなとこ…」
左藤の話に、俺の心のアニキの星夜先輩の事が浮かんだが言うのはやめておいた。
「私、そーいう人が好きになっちゃって、結局フラれたんです…それが私の初恋でした」
「そういう事か…それは辛い思いをしたな…でも、そいつが神姫だろうが人間だろうが本気で好きになってたのなら、どうかそいつを許してやってくれ」
「どういう意味ですか?」
「神姫も人と同じように生きてる…だからお前には、神姫をそういう事で嫌いになってほしくないんだ」
俺の話しを聞いて、左藤の目が悲しげに揺れた。
なんかまずい事言ったかな…と心配になったけど、すぐに左藤の顔は笑顔に戻った。
「…なんか、お腹空いちゃいました」
「うわ、確かにもうこんな時間だ…俺たちこんな喋ってたのかよ」
黒板の上にある時計の針はもう昼の12時をさしていた。
「昼メシどうすっかなぁ…慌ててきちまったから、持ってくんの忘れちまったぜ」
「えっと…よかったら私が奢りますよ、あの時のお礼です」
お、それはラッキーという事で、左藤の言葉に甘えてみる事にする。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
「あの、私この辺りそんなに詳しくないんで、オススメなとこ…」
「分かってる分かってる、今日はハンバーガーを食べたい気分なんだ…ほら行くぞ!」
机にいたリプカをポケットに戻すと、俺はスキップしながら教室を出ていく。
何だか今日は気分がいいな、遅刻しちまったけど学校に来てみてよかったぜ。
「待って下さい、七樹くん!」
左藤が慌てて追いかけてくるのが分かる。
俺たちはこのままこんな調子で昼メシを食いに行った。
こうやってちょっとずつ俺とお前は仲良くなっていったんだよな…時雨。
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