そこには、実際には有り得ないほどに広い、ビルの残骸や瓦礫のある空間が広がっていた。
ビルの間では、白い髪が片目を隠し、白い六角形を並べたアーマーを装備した少女が、息を切らしていた。
『ルセル、大丈夫?』
何もない空間から、突然声が聞こえる。
ルセルと呼ばれた少女は、顔を空へと向けるとその声に答える。
「う、うん…でも、やっぱりクラウディさんは強すぎるよ」
『…くっ…追加装備があっても父さんには追い付かないのか…』
《ガッシャァァアン》
突然ビルの壁が突き破られると、新しい少女が現れる。
『クラウディさん、もう来たのか!?』
「やるしかないよ、さとる!」
白い髪の少女は、武器を構えると、その少女へと飛び掛かる。
その瞬間、凄まじい衝突音が鳴り響いた。
「…このくらいのパワーアップじゃ、父さんには勝てないのか…」
僕…堂元悟は、研究所にあるバトルロンドシミュレータの画面を見つめていた。
画面には、自分の敗北を示すメッセージが表示されている。
「お姉さま、大丈夫ですか!?」
「う、うん…」
白い髪にピンクのメッシュが入った少女が、先ほど戦っていた少女に駆け寄る。
彼女たちは『武装神姫』。
15cmしかない身体に、機械の心を持つ少女たちだ。
「さとる…ごめんね、クラウディさんに勝てなくて…」
片目が髪で隠れた神姫が、申し訳なさそうに話しかけてくる。
彼女はルセル。白魔型スノーフレークの量産型のうちの一人だ。
開発元であるS.Projectから直接頂いた、僕の神姫の一人である。
「昔、私とお姉さまの二人でも敵わなかったんですもの…簡単にはいきませんよ」
ルセルを「お姉さま」と呼んでいるのは、ルセルの双子の妹であるシュクレである。
彼女も白魔型スノーフレークの一人で、白い髪の中のピンクのメッシュがチャームポイントである。
姉であるルセルより、身長とか…うん、とにかくいろいろ大きい。
「高校生になるまでに、クラウディさんに勝ちたかったんだけどな…」
先ほど戦っていたクラウディさんは、僕の父である堂元捲の武装神姫である。
僕が武装神姫を初めて手に入れてから半年ほど経つが、まだ一度も勝つことができない。
彼女を倒すことこそが、僕の現在の目標である。
《トントン》
「あの…悟様、そろそろ御夕食のできますよ」
ドアの向こうから、僕の父が開発したメイドヒューマノイドのレイニーさんが話し掛けてくる。
…実は先ほど戦っていたクラウディさんの正体は、レイニーさんだったりする。
「…いつも思うけど、ちょっと気まずい…」
「どうかしましたか、悟様?」
「いえ、なんでもないですよー」
空気を読んだシュクレが明るく返事をする。
僕はルセルとシュクレを肩の上に乗せると、ドアのほうに歩き出した。
「悟様も、明日から高校生ですね」
レイニーが料理を運びながら話し掛けてくる。
ステーキにポテトにシチューに…向こうにはケーキまで見える。
「悟様が高校生になるということで、奮発しちゃいました!」
「…ちょっと前に中学の卒業記念があったと思うのだけど…」
ルセルが少し呆れた顔で答える。
…人に尽くすのが大好きなレイニーさんらしくはあるのだけど…
「高校に行くと、皆さんと離れ離れなのが淋しいですね…」
シュクレの言うとおり、僕の友達たちとは中学でお別れだ。
幼なじみのちまりちゃんは公立高校へ、星夜くんと美音ちゃんは名門私立男子高の法望高校へと進学する。
僕は私立の工業系専門高校に進学するので、誰とも被らなかったのだ。
「…淋しい、悟?」
「大丈夫ですよ、お姉さま。マスターには私たちがいるのですから…」
ルセルの心配そうな質問に、シュクレが答える。
「そうだお姉さま、せっかくだからセーラー服にお着替えなんていかがでしょう? マスターも喜ぶかもしれませんし…」
「…さ、さとるはコスプレとか好きなの…?」
全力で照れるルセルと、それを見てニヤニヤしているシュクレ。
…明日を不安に思っているのは僕だけか。
「さぁ、早速お着替えですよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、シュクレ! ここじゃダメだってば!」
…初めていく学校だからと、クヨクヨしてばかりではダメだな。
二人だって淋しいはずなんだ、月夜さんに水都さん、夢子さんにアウラさん…みんなに会えなくなることを。
「ありがとう、ルセル、シュクレ」
「…って、どうしたの?」
「やっぱりマスターも、お姉さまのセーラー服が見たいですか?」
ルセルとシュクレ、この二人のおかげで僕は…昔のような孤独を覚えることはなくなったんだ。
…本当にありがとう。ルセル、シュクレ。
「…以上を持ちまして、西工業第二高等学校の入学式を閉会致します」
司会の人の言葉を合図に体育館の後ろの扉は開き、在学生が見守る中、僕たち新入生は体育館から出て教室へと向かうことになった。
僕が目指すのは、この西工業第二高校…通称「ニコニコ高校」の機械工学科の教室だ。
中学時代までは見慣れたメンバーだったが、高校は全く知人がいないので、少し不安になる。
教室に着くと、担任の先生が明日からの学生生活に着いて説明を始めた。
一通り終わると、教室の生徒達を見回した。
「以上で説明は終わりだ。質問が無ければ一人一人自己紹介をしてほしい」
…まずい、僕はそういうのが一番苦手だ。
「さとる、心臓バクバクしてるよ、大丈夫?」
胸ポケットに潜んでいたルセルが、僕に小声で話しかけてくる。
「…ここまできたら、やるしかないよ」
「そうですね、頑張ってください。マスター」
シュクレの励ましを聞いて少し心がホッとする。
僕は、自分の自己紹介の順番をじっと待った。
僕は気がついていなかった。
このとき、横から僕をじっと見つめる青い瞳があった事を。
それが、これからの物語の始まりであった事を。
僕は、まだ気がついていなかったんだ。
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