「いやぁ、リプカちゃん…今日もピカピカで綺麗でちゅね~」
「おい、私宛てではない事をいいことに気持ちの悪い言い方をするな…」
そう、俺が頬擦りしたくなるほど大事に扱っているのは、神姫のリプカではなくてバイクのリプカ。
このオンボロな家の前に置くには似つかわしくない、ピカピカで新品な赤いバイクだ。
リプカという名前は、神姫のリプカが来る前に俺のお気に入りの自転車に付けていた名前だ。
最近、バイト代をはたいて買ったコイツは、自転車のリプカから続いて二代目リプカというわけだ。
「まぁ、バイクも神姫と同じで愛情を持って手入れしてやらないとな~ほんとリプカちゃん、最高だぜ!」
俺は慣れた手つきでバイクのリプカを雑巾で磨く。
「なぜ私と同じ名前なのだ…私はそれを後悔するぞ…」
神姫のリプカの方は、俺の肩の上でがっくりとうなだれている。
「よし、今日はリプカちゃんにはしっかり働いてもらわないといけないからな…うっし、手入れ完了!」
俺は雑巾を開いてる窓から部屋に投げ込むと、バイクにキーをさしてエンジンをかける。
しっかりしたエンジン音と共にバイクのリプカは起動した。
「お前はどうする、一緒に行くか?」
自分の肩の上にいたリプカを手の平に乗せ、一緒に行くかどうか聞いてみる。
「いや、いい…私は私でやるべき事があるのだ…お前のように初デートで浮かれてるわけにはいかない」
「ばっ馬鹿…デートじゃねぇよ、あいつがどうしても行きたい所があるっていうから…」
リプカは俺の手の平からひょいとジャンプして、窓から俺の部屋にそのまま入る。
振り返って俺を見た時の目が、何とも言えない呆れたような感じだったが気にしない事にする。
「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ?」
「気をつけて行ってくるのだぞ、土産話を楽しみにしている」
バイクと同じ赤いヘルメットを被りバイクに跨がると、俺は勢いをつけてバイクを発進させる。
あいつと待ち合わせをしているあの場所へ…バイクをひたすら走らせた。
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「少し早く来過ぎちまったかな…」
「七樹くん、遅れてしまってすみません…」
待ち合わせ場所だった駅から、私服姿の左藤が走ってくる。
「ごくっ…」
左藤は制服の時とは違って、今度は至って清楚なワンピースにカーディガンとい
う格好だった。
(何なんだよ、制服の時はかなり露出してるくせにこんな時に限って…)
「七樹くん、どうしたんですか…時間がもったいないです、早く行きましょう」
左藤がバイクに寄り掛かっていた俺の腕を取り、恋人同士のような腕を組む格好になる。
そのせいで左藤の柔らかくて大きな胸が俺の腕に…
「ばっ、馬鹿かお前は! いきなりやめろっての! てか、さっさと行くぞ!」
女とこんな人が多い所でベタベタするのも恥ずかしいというのに、胸が当たるなんてハプニングは若い男には辛すぎる。
俺は慌てて左藤の腕を振りほどくと、彼女にもう一つのヘルメットを投げる。
「ほら、後ろに乗れ…早く行かないと困るんだろ?」
ふいっと顔を背ける俺に、一瞬ヘルメットを持ったままぽかんとしていた左藤はにこりと微笑んだ。
「変な七樹くん…では、失礼します…」
俺が乗っているバイクに左藤の体重がぐっと乗る。
背中越しに感じる左藤はくすくすと笑っているように感じた。
色々と恥ずかしくてたまらなくなった俺は、急いでバイクのエンジンをかけ左藤を乗せたまま発進させた。
「ほらお姫様、あなたの行きたがっていた所に着きましたよっと」
俺は走らせていたバイクをバイク専用の駐輪場に停めると、左藤の頭からすぽっとヘルメットを抜き取る。
「ふふふ…ここがニコニコランドですかぁ…ようやく夢が叶いました」
すたっとバイクから降りる左藤は見た事もないくらい、子供っぽい表情でにこにこしている。
こいつもこんな顔をするんだなぁと思っていると、そのまま左藤は遊園地の方へ走り出した。
「こら待て…って、今日はあいつが主役みたいなもんだ、許してやるか」
バイクのキーをポケットにしまいながら、俺はゆっくりと左藤の後に続いた。
「チケットは学生用のやつ二枚頼む」
「君らは大学生かい?」
「違います、おばさま…私たちは高校生です」
「二人で、4000円だよ」
俺はチケット売り場のおばちゃんに言われるまま、財布から4000円を取りだし払う。
「はい、ありがとう…楽しんでおいで」
チケットをおばちゃんからもらうと、左藤の手に一枚握らせる。
「あ、いいんですか…」
「こんな事で破産するほど金がないわけじゃないからな、ほら行くぞ」
困った表情の左藤の背中をぐいぐい押して、俺たちは遊園地入口の改札に並ぶ。
「ようこそ、にこにこランドへ! ここのパネルにチケットをのせて下さい、それではどうぞ楽しんで!」
改札の機械にチケットをかざして、俺たちはようやく遊園地の中へと足を踏み入れた…。
あの時の時雨の笑顔は、俺にとってとても嬉しいものだった。
まだまだあいつへの気持ちが分からないながらも、俺はあいつを無意識だが特別な存在だと思っていたのかもしれない。
大切な青春の思い出。
これからもお前と楽しい思い出を作っていきたいよ、時雨……。
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