「何だかすごいガキくさい遊園地だなぁ…」
某ねずみのいる遊園地の方がもっと大人も子供も楽しめる感じだったぞ…なんて心の中で呟く俺。
「いいじゃないですか、これくらいの方がごちゃごちゃしてなくてゆっくり楽しめますよ!」
左藤がそれ以上言うと悲しみそうな感じがしたので黙っておいた。
「七樹くん、知ってますか…?」
「ん、何が?」
「ここの遊園地って、あるヤクザが可愛い息子さんのために作った遊園地だって…」
「や、ヤクザが作った!?」
左藤の意外な言葉に思わず、声を上げてしまう俺。
一瞬、ものすごい鋭い視線を四方八方から感じたが気にしない事にした。
「まぁ、噂かもしれませんが素敵な話ですよね…あっ! ニコニコぞうさん!」
左藤はにこにこ話していたかと思うと、急に何かを見つけたのか駆けていってしまう。
「ちょ、いきなり走るな!」
俺も慌てて左藤の後を追う。
「わぁ、ニコニコぞうさんに会えるなんて幸せです!」
左藤は嬉しそうに象の着ぐるみと握手している。
「ニコニコぞうさんは、このニコニコランドのマスコットなんですよ! あ、ありがとうございます!」
ニコニコぞうさんとやらの着ぐるみは、たくさんの風船の中から赤い風船を左藤に渡している。
「せっかくだから、その何とかぞうさんとやらと記念撮影してやるよ」
俺はズボンのポケットから携帯を取り出すと、左藤は象の着ぐるみに抱き着いた。
「あ、良かったら私がお二人を撮影しましょうか?」
遊園地の制服を着たお姉さんが、代わりに撮影してくれると言うのでせっかくだからお願いした。
「ちょっと恥ずかしいけどせっかくだ…お願いします!」
俺はポーズを決めている、左藤と象の着ぐるみの横に並ぶ。
「はい、チーズ…!」
お姉さんの掛け声と共に携帯から撮影したのを知らせる音が鳴る。
「どうもありがとうございました!」
俺たちが頭をぺこりと下げると、遊園地のお姉さんと象の着ぐるみは手を振りながら歩いていく。
「よく撮れてますね…あ、でも七樹くんの表情がちょっと強張っているかも」
左藤は携帯の画面をじっと見てさっきの写真を確認すると、とても楽しそうにくすくす笑った。
「こんなのガキの頃しかしたことねぇんだから、仕方ねーだろうが」
こつんと左藤の頭を軽く突く。
「ふふ…何だか私たち、恋人同士みたいですね」
左藤がまた急に俺の腕を取り、体をぎゅっと寄せてきた。
「馬鹿言うなっ! 誰がお前みたいなやつ…っつーか、金がもったいないから次行くぞ」
そのまま左藤の腕を引いてずかずかと歩き出す俺。
こうなりゃ後はどうにでもなれだ。
チケット代もわざわざ払ってんだし、今日はとことん遊び尽くしてやるぜ!
ここの遊園地には、何だか昔ながらのアトラクションがたくさんあった。
ティーカップやらお化け屋敷やら、ジェットコースターやら…メリーゴーランドもある。
「はぁはぁ…一気に色々行ったら疲れたぜ…」
「お化け屋敷では可愛かったですよ、七樹くん」
一気にいろんなアトラクションを回った俺たちは、休憩もかねて遊園地内に所々設置してあるベンチに座っている。
「うっさいうっさい! 俺にだって苦手なものくらいあんだよ!」
けっ…全く左藤のやつはお化け屋敷のお化けと仲良くなるようなやつで困ったぜ。
そんな彼女の方を見てみれば、俺の方を笑顔で見ながらクレープを頬張っている。
「あ、お前ついてるぞ…ここ」
左藤の頬にクリームがついてしまっている。
俺は左藤に自分の顔を例にしながら教えてやる。
「え…どこですか、教えて下さいよ」
左藤はクリームのついた顔を俺の顔に近付けてくる。
やたらと近いな…全く、恥を知らない女だぜ。
仕方なく俺は左藤のクリームを取ってやろうと、指で彼女のクリームを取ってやる。
「どうすんだ、これ…拭くものとか持ってないぞ俺…」
自分の指についたクリームを見て途方に暮れてしまう。
「ありがとうございます、では頂きます!」
それは一瞬の出来事だった。
ぱくり…と俺の手を取った左藤がそのまま俺の指を口に含んだのだ。
「………っおい!」
あまりの出来事に心臓が飛び出しそうになる。
「ふふ…七樹くんの指、美味しいです」
「馬鹿かお前は!?」
今の俺の顔はみっともないくらい真っ赤に染まっているだろう。
男なのに格好悪いな…そんな考えも吹き飛んでしまいそうだ。
『これより午後3時から武装神姫バトル大会を行います、神姫をお連れの皆さまはチューリップ広場に…』
「な、何だって!?」
《神姫》という単語に異常なくらい反応してしまう。
「こんなしょぼい遊園地でも神姫バトルなんてやってんだな…行くぞ、左藤!」
俺の心はワクワクと踊っていた。
そのまま左藤を置いていく勢いで、アナウンスされたチューリップ広場に向かう。
「神姫をお連れの皆さまはこちらでエントリーして下さい」
チューリップ広場には意外と人が集まっていた。
遊園地のおじさん達が、エントリーをする人々を集めている。
「よしっ、俺も!」
いつも一緒の相棒を今日は連れてきていないという事実を忘れている俺は、神姫バトルエントリーの列に平然と並んだ。
「へぇ…優勝すれば、遊園地の年間パスとオーベルジーヌ社特製の武装パーツがもらえるのか…」
「はぁ…はぁ…七樹くん、神姫…今日連れてきてないんじゃ…」
「へ…?」
ようやく追いついた左藤に言われて、はっとしてしまう。
「君の神姫の名前は…って、君! 神姫を連れていないなら参加出来ないよ」
ようやく自分が神姫をエントリーする場所まできていたので、担当のおじさんにも指摘されてしまう。
「そうでした、すみません…」
やっぱりリプカを連れて来ときゃよかった…
何だか肩の力が抜けてぐったりうなだれる俺。
左藤は困ったような顔で俺を見ながら、背中を優しくさすってくれていた。
「……また、神姫に邪魔されちゃいました…」
賑わう広場の中、左藤が小さく呟いた言葉はこんな事を言ってるように聞こえた。
「…あ、七樹くん! もう夕暮れも近いですし、観覧車に乗りませんか?」
一瞬、とても暗い表情をしていた左藤の顔は、いつの間にか目の前にある観覧車のおかげでパッと明るくなった。
「そうだな…今日は遊園地へ来たんだ、いっぱい遊び尽くすって言ったしな…」
俺もようやく気持ちを立て直し、左藤と共にこの日最後のアトラクションに向かった。
「足元に気をつけて下さいね…それでは、いってらっしゃいませ」
観覧車に乗る人は少なく、待ち時間など感じないくらいあっという間に乗れてしまった。
後から観覧車に乗った俺は、左藤と向かい合うような位置に座る。
「夕暮れ時に乗る観覧車も素敵ですねぇ…」
左藤はくるりと後ろを向いて、観覧車の窓から景色を見ている。
「夕暮れ時もって、観覧車に乗った事あったのか?」
「ないですよ…夢でならありますけど」
「…夢?」
適当な事を言っている左藤に少し呆れてしまう。
でも、彼女はとても嬉しそうに話し始めた。
「私が好きだった人と観覧車に乗る夢です…夢というか妄想ですね、私は夢なんて見ません」
左藤の話している事が時々よく分からない時がある。
それが今、こういう時だと言えるが、なんて返事をしたらいいのかいつも分からなくなる。
「ごめんなさい…分かりにくい話をしました…えっと隣いいですか?」
俺が返事をする前に、左藤は俺の隣に腰掛ける。
片側に二人座る事になるので、観覧車が少しぐらりと傾いた。
「なっ…何だよ、ここに二人で座るには狭いすぎるだろっ」
「私たちの前の観覧車、見て下さい…」
左藤に言われて目の前に見える観覧車に目線を移せば…
自分たちと同じように観覧車の片側に座り、仲よさげに寄り添い合うカップルが見える。
視線がこちらに向けられた気がして、慌てて目線を近くの窓の方へ向ける。
「いいでしょ、七樹くん…私、こうして好きな人と観覧車で寄り添い合うのが夢なんですから…」
そう言って左藤は少し恥ずかしそうに、俺の肩に頭をちょこんと乗せた。
「わっ…い、いきなりこんな…俺たち、まだ付き合ってもないのに…」
よく分からない甘い空気が辛くて逃げ出したくなる。
でも、観覧車はようやく頂上へ辿りついたくらいで出れるにはまだまだかかりそうだ。
「好き…になってもいいですか…?」
左藤のこの言葉に俺の心臓が破裂しそうなくらい鳴り響く。
「わ、わ、馬鹿…な、何をいきなり…」
「私のようなものが、あなたのような人を好きになるのは…やっぱりいけない事ですか?」
左藤の顔がだんだん近付いてくるように感じる。
頭は混乱しまくってフリーズしたように体も動かない。
「好き…です、七樹くん…こんな気持ち、久しぶり…」
《ガタンッ》
急に観覧車がガタリと揺れたと思ったら、頂上付近で停止してしまった。
その勢いで近くにあった左藤が俺の方に倒れてきて…
「……!?」
唇にとても柔らかい感触がする。
まさか、これは……
「……きゃっ」
左藤は急に俺を突き飛ばし、触れていた体を思い切り離した。
「ご、ごめんなさい…こんなつもりじゃ…」
左藤は顔を真っ赤にして下を向いている。
混乱した頭で何とか読めたのは、観覧車の扉部分に『今なら期間限定で頂上にて観覧車が一時停止するサービスが…』なんて書いてあるのが読めた。
「大丈夫か…俺こそ、ごめん…お前との事は前向きに考えておく」
ようやく少し落ち着いた頭で伝えたい事を話すと、落ちてしまった左藤のポーチを拾って手渡した。
「あ、ありがとうございます…」
そんな事をしているうちに観覧車は再び動き始め、いつの間にか乗り場の所まで戻ってきていた。
「今度は…事故じゃない方がいいな…って、俺何言ってんだ…」
遊園地からバイクのある駐輪場までの道、思っていた事がつい言葉に出てしまった。
「それって…」
左藤の歩みがピタリと止まって、顔を上げるとそこには期待したような笑顔が…
「ばっ、バーカ…本気にすんなよな!」
俺は左藤に向かってヘルメットを投げると、それをうまくキャッチした左藤はヘルメットを被るとそのままバイクの後ろに乗った。
なんだかんだで楽しかった初デート。
俺はこの色々初めてだったこの日を忘れない…
いつの日かあの恐ろしい出来事が起きた後だとしても……
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