「はなして…はなしてったら…!」
残念な事にぼくの不安は見事に的中してしまう事となった。
明らかに公園の方から女性の嫌がる声が聞こえる…
そして、その声の主は…
「ちまりちゃん!!」
「さ、悟くん…来てくれたんだ…!」
ぼくの初めての人間のお友達、ちまりさんの声だった。
彼はガラの悪い感じの若者に囲まれているちまりさんに、恐れる事もなく歩み寄っていく。
「なんだぁ、おめぇは?」
一人の男が彼の胸ぐらをぐいっと掴む。
男は彼よりもかなり体も大きく、ぼくはその光景を見ているだけで震えてしまった。
「彼女は僕の恋人なんだ、近寄らないでくれ!」
彼は精一杯の怒りを込めて相手を睨むと、掴まれたその腕を振りほどいた。
「…悟くん…いま、恋人って…」
ちまりさんはお祈りでもするように両手を組ながら、彼の言葉に涙を流している。
「ちまりちゃん、ごめん…今までちゃんと気持ち伝えなくて…でも、今なら言える! 好きだ、ちまりちゃん!」
「ふざけんな、お前!」
男たち数人に囲まれているちまりさんへ向けて、彼が一生懸命に気持ちを伝えている。
そんな様子を黙って見ている男たちでもなく…
「こんな所で愛の告白なんてねぇ…」
「こいつは俺たちが先に声かけてんだよ!」
彼の周りを取り囲んだかと思った瞬間、一人の男が彼の腹に一発入れた。
「……ぐっ…」
「弱っちいな…こんな奴を相手にする女なんかいるわけねぇだろうが!」
腹を抑えてうずくまってしまう彼。
次の攻撃が来てしまう…と思った瞬間にぼくの体は動いていた。
「…許さないっ!」
体の震えもおさまり、神姫の時のようによく分からないけど力が漲ってくる。
ぼくは奴らに駆け寄り、彼に攻撃しようとしてる奴に思い切り蹴りを入れた。
「…っ、この女!」
他にも数人いる男たちの攻撃を何とかかわして、チャンスを見つけては少しずつでも攻撃をしかけていく。
神姫でいた事が少しでも役に立ってよかった…
あと一人を倒せば終わる…そう思った瞬間にふいをつかれ、手首を掴まれ体を持ち上げられた。
「…く、許さない…許さないぞ!」
掴まれた手首がヒリヒリと痛むが、許せない気持ちが強くて相手を睨みつける。
「俺はなぁ、お前みたいな強い女好きだぜ?」
ぼくの手首を掴む屈強な男は、舐めるような気持ちの悪い視線でじろじろとぼくを見ている。
「流瀬くん、今助ける!」
公園のどこにあったのか、彼が何かの修理に使うような大きく太い角材でぼくを掴む男に殴りかかった…が…
「何してんだ、これだから人間は俺たちがいないと何も出来ないんだよ!」
角材は簡単にへし折られ、ものすごい勢いで彼は吹き飛ばされてしまう。
「……さとるっ!?」
「悟くんっ!?」
心配のあまり咄嗟に神姫の時のように彼を読んでしまったが、倒れている彼に駆け寄るちまりさんの声にそれは掻き消された。
「…一体、何なんだ、こいつ…」
人間離れしたこの男に、ぼくが倒したばかりの男のお供たちも震え上がっていた。
「…に、逃げろ!!」
「…う、うわああっ!!」
あまりの恐怖に何度も転びながら、男のお供たちは走り去っていく。
「……う…」
そろそろ手首がちぎれてしまいそうだ。
男の手首を掴む力は一向に変わらない。
「…に、逃げて悟さん…ちまりさん…こいつは人間の手におえるような奴じゃ…」
「へへっ、物分かりの良い姉ちゃんだ…ご褒美に俺の正体を教えてやるぜ!」
男が顔の皮を引きはがすと、その下は鉄の塊が…
「ヒューマノイドだったのか!?」
「ヒューマノイドなんてどうすれば…」
彼はちまりさんに肩を借りて、ようやく立ち上がる事が出来た。
「こいつはぼくが何とかする…だから悟さんとちまりさんは早く逃げて!」
ぼくが痛みを必死に堪えて大きな声で叫べば、ちまりさんにはどうにか伝わったようで…
「流瀬くん! 君を置いて逃げる事なんて出来ない!」
「悟くん、こんなやつ私たちじゃどうにも出来ないよ…今はすぐに助けを呼びにいこう…」
ちまりさんに説得され、ようやく彼もいつもの冷静さを取り戻した。
「くそ…流瀬くん、何とか堪えてくれ…すぐに助けを呼んでくる!」
ちまりさんと彼はぼくの方を申し訳なさそうに見てから、急ぐように走って公園を出ていった。
「ほら姉ちゃん、俺の相手をしてもらうぜ…まずはこの邪魔な腕からだ!」
男がそう言った瞬間、掴まれていた腕をちぎり取られた。
断面は男と同じ鉄の塊だが、ぼくの手首に激痛が走る。
「うわぁぁぁっ!!」
「やっぱりお前も俺と同じだったか…それはより楽しめそうだ」
バタリと力を失った体は地面に落ちる。
男はぼくの体に乗ると、嬉しそうに服を破った。
「う…く…負けない…ぼくは負けない!」
涙が溢れて汗が吹き出て、もういろんなものが出てしまいそうだった。
人間になりたい、近付きたいとなったこのヒューマノイドの体が今はとても恨めしい。
「いやぁああっ!!」
体が壊れても何でも必死に抵抗した。
悟のためにヒューマノイドになったんだ…こんなやつに奪われるためじゃない。
白い肌にクァドリラテールのペンダントが揺れる。
これだけは絶対に離したくなかった。
「もう終わりだ…女ヒューマノイド…」
もうおしまいなのか…そう思った瞬間に、ぼくが生まれて経験したこと、思い出全てが走馬灯のように駆け巡った。
だれか…だれか助けて…
神様、これがヒューマノイドになる事を選んだ神姫への罰なのでしょうか…
罰ならば、助かるわけがない。
ぼくは見開いていた目を閉じ、覚悟を決めた……。
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