「みんな…みんな…ありがとう…」
頭に浮かぶのは、ぼくが起動してから出会った人々や神姫たち。
悟のとこへ来てから随分いろんな人に会ったし、いろんな神姫たちと戦った。
楽しかった日、悲しかった日、怒った日…いろんな事があったけど、今なら言える。
全てに、ありがとう、と。
しかし、少し気掛かりな事がある…
やっぱりそれは、世界でただ一人の姉妹であるシュクレの事だ。
ぼくはこのままシュクレと仲を取り戻せないまま終わるのか…
シュクレ、シュクレ…
こんなに大事に思っているのに、あの子にはぼくの愛は伝わらなかった。
ぼくと同じでヒューマノイドになったシュクレ…
せめて彼女には人間のような幸せな人生を歩んでほしい。
ぼくはそのためなら…この身を神に捧げても…
「ほら、俺の人間より高性能なヤツぶちこんでやるよ!」
ぴとり…と、冷たいものが当たる感触がしてぼくは身を強張らせる。
怖い…怖い…怖い…
恐怖だけがぼくのすべてを支配した。
《バシュ…バリバリバリ!》
「…!?」
目の前に弾ける閃光。
ぼくの体はそんな所まで壊れてしまったのかと思っていると、体を重く圧迫していたものが急に消える感覚がした。
そして、ぼくを一番安心させてくれる声が…
「お姉様! 大丈夫ですか!?」
「…シュクレ…シュクレ…?」
ぼんやりと見える視界に確かにシュクレの姿が…
これは夢なんだろうか…
「流瀬くん、大丈夫かっ!?」
「梨乃ちゃん、痛いとことか苦しいとことかない…?」
それに彼の姿もちまりさんの姿も見える。
よかった…二人は無事だったんだ。
「お姉様、二人は無事ですよ…それにあの暴走ヒューマノイドは、私がこのヒューマノイド緊急停止銃で倒しました!」
ぼくの手をギュッと握りしめ、目に涙を溜めながら必死にそう言うシュクレはもう昔のシュクレに戻っていた。
「ありがとう…シュクレ…みんな……う…」
安心感からかようやく声が出るようになったが、体を起こそうとすると全身に激痛が走った。
「流瀬くん、無理はよくない…すぐに病院へ行こう!」
「…あ、悟さま…」
ぼくの全身にはいつの間にか痛々しい体を隠すための上着がかけられていて、とても心配した表情の彼がひょいとぼくをお姫様抱っこした。
その勢いで首元のクァドリラテールのペンダントが揺れ、月明かりに照らされてきらりと光る。
「…流瀬くん、これ…」
彼はクァドリラテールのペンダントに気付いてしまったようだ。
どうしよう…ぼくはじっと見つめてくる、彼の視線から逃げる事が出来なかった。
「ちまり、救急車呼んでくる!」
「私はオーベルジーヌ社の方に連絡してきます、みんな心配してますから…」
ちまりさん、シュクレはそう言ってそれぞれ別行動でどこかへ駆けていってしまった。
ぼくに襲い掛かってきたヒューマノイドは、シュクレの攻撃によってただの鉄の塊と化している。
こうなってしまうと、公園にはぼくと彼が二人取り残される事になる。
「…ルセル、君なんだろう?」
彼に神姫での名前を呼ばれて、はっとする。
やっぱりマスターである、彼には隠し事など出来るはずもない。
「…ぼく、だよ…さとる…ずっと黙っててごめん…」
ぼくは震える声で必死に彼に謝る。
今の彼はどんな顔をしているだろう…
すごく気になってしょうがないけど、今は怖くて見る事が出来ない。
「僕の方こそ、気付いてあげられなくてすまない…それにこんな目にまであわせてしまって…」
「ち、違うんだ、さとる…ヒューマノイドになったのはぼくの意思で、今こうなったのはさとるのせいじゃない
…みんな、ぼくのせい…」
彼に抱かれたままの格好で逃げる事も出来ないのが辛いが、ぼくは落ち込む彼に必死にそれは違うと伝えた。
「どうして、ヒューマノイドに…?」
「そ、それは…」
一番、聞かれたくない事を聞かれてしまった。
今となれば、それを伝えた所でどうにかなるわけないけどどうしても伝えなきゃいけない気がした。
「…好き、だったの…さとるのこと、ずっと…馬鹿だよね、神姫なのにさ…マスターのこと好きになるなんて…」
少しでも明るく言わなきゃ明るく言わなきゃと努めるけど、どうしても涙が零れてきてしまう。
「おかしな事じゃない…誰かを好きになる事は悪い事じゃない…神姫だってヒューマノイドだって、僕たちと同じように生きてるんだから」
「ふふ、さとるらしいなぁ…でも、さとるも好きな人いるんでしょ?」
「そ、それは…」
ぼくは彼がこの気持ちを気持ちが悪いと拒否しなかった事がすごく嬉しかった。
たとえ、思いが一つにならなかったとしても。
「ごめん、ルセル…ぼくは君を愛してる…でも、それは…」
「家族…でしょ? それだけでも嬉しいよ、所詮ぼくたちはただの玩具…それを家族のように愛してくれただけで…」
ぼくは欲張りすぎたんだ。
ただの玩具にすぎないぼく達を、彼は家族と同じようにここまで愛してくれた。
もう、それでいいじゃないか。
「さて、この体でいるのも痛いだけだし、さっさと神姫に戻ろうかな」
「ルセル…」
ぼくの涙はすっかり止まっていた。
今は精一杯の笑顔で彼を見る事が出来る。
「わがままかもしれないけど、これからもずっと…ぼくが死んでしまうその時まで君にはそばにいてほしいんだ」
「ひゃ……りょうかい…マスター…」
急に彼におでこにキスされて、ものすごく驚いた。
そして、ぼくは神姫として最高の言葉をマスターから貰えたんだ。
ずっとずっと一緒にいること…その願いが叶うなら、もうぼくに恐いものなんてない。
「もし、さとるとちまりさんに子供が生まれたら、ぼくはその子とたくさんたくさん遊んであげるからね」
「る、ルセル…いきなり何を言ってるんだ…」
顔を真っ赤にしてあたふたしている彼。
こうして彼とこれからもずっと一緒に生きていきたい。
これがぼくが選んだ道。
神姫としてずっと彼のそばにいる事が、神様がぼくに与えてくれた運命なのだから……。
「幸せになってね、さとる…大好き!」
・
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「お姉様、本当に良いんですか…もうヒューマノイドには…」
心配そうなシュクレ。
ぼくにはこの神姫の体が一番なんだ。
「いいんだよ、ヒューマノイドって色々大変だし…それより、シュクレ好きな人いるんでしょ?」
「お、お姉様いきなりすぎますよ…」
ヒューマノイドのシュクレの手に乗っているぼく。
うん、すごく心地良い…やっぱりぼくにはこの方がいいみたい。
「教えてよ、シュクレの好きな人のこと…ぼくの方がシュクレより恋愛の先輩なわけだし」
「お姉様は先輩といっても失敗したじゃな…」
「う、うるさーい!」
こうして少しずつ、離れていってしまっていた姉妹の絆を取り戻そう。
そして、昔みたいに最強で最高の双子に戻るんだ。
「よかった、二人は元通りになったんだな…」
そんな嬉しそうな彼の声も聞こえてくる。
ようやく…ようやく元に戻りつつある。
次はシュクレの番。
シュクレは一体、どんな道を選ぶのだろうか…
シュクレがどんな道を選んだとしても、ぼくが絶対に彼女の味方でいるのは変わらないけどね。
幸せになってほしいよ、シュクレ。
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