「こっ、こんな大胆なこと出来るわけない…」
ここはぼくとレイニーさんの部屋。
夜遅く、レイニーさんはまだ仕事があると言って部屋には戻ってきていない。
「でも…これで意中の彼はあなたのもの…か…」
ぼくが読んでいるのは、女性向けの雑誌。
電子パネルをタッチして、パラパラとページをめくる。
「こんな事いきなりしたら、彼は引いたりしないかな…」
こういう雑誌は売れるためなら、いい加減な情報だって載せたりするというし…
「でも…ぼくはまだ思いを伝えていない…その状況を有利に進めるためには…」
ぼくは机の上のクレイドルに眠っている、神姫の自分の体を見つめる。
「あ、あの時よりは色々成長させてもらってるしいけるかな…?」
自分のヒューマノイドの体と比べてしばらく考える。
「よし…これが最後のチャンスと思ってがんばってみよう!」
一人ぼっちの部屋、ぼくはしょーもない事を決意するのだった。
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「いやぁ、今日の夕食も美味しかったよ、レイニーさん」
「悟さまにそう言って頂けて嬉しいです」
レイニーさんが作ったという夕食をぺろりと完食した彼は、とても満足そうにレイニーさんと話している。
夕食が終わった…
もうすぐあの時間がやってくる…
ぼくは自分の作戦がうまくいくのか心配でならなかった。
「あ…悟さま、もうお風呂の用意も出来ていますよ」
「ああ、ありがとう…これから入ろうかな」
ぼくがそう伝えると、彼はとても機嫌よさげにお風呂場へと向かっていった。
「今日も湯加減がちょうど良くて気持ちがいいなぁ…」
お風呂場から彼の気持ち良さそうな鼻歌が聞こえてくる。
ここまで来たんだ、もう引き返す事なんて出来ない…
ぼくは意を決して、お風呂場の扉を開けた…。
「わ、えっと、流瀬くん…?」
「え、えと…お背中お流ししてもよろしいでしょうか…」
彼が驚くのも無理はない。
自分しかいないと思っている風呂場に、タオル一枚の女がやってきたのだから。
「悟さま…これも新人メイドの仕事なんです…」
「そ、そうなの!? 昔は父さんもレイニーさんにしてもらってたって事…?」
彼はタオル一枚のぼくを見て、顔を真っ赤にしてあたふたしている。
そう…これでいい。
これこそがぼくが雑誌を読んで決意した作戦なのだから…!
「さ、悟さま…わ、わたしも恥ずかしいんです…早くこちらへ…」
「わ、分かった分かった…お願い…するよ…」
作戦…とは、言っても自分自身もこの状況が恥ずかしくてたまらなかった。
彼もぼくに言われ、ようやく湯舟から上がり風呂場用の小さな椅子に腰掛けた。
「で、では失礼します…」
緊張と恥ずかしさで、手はガチガチだけど何とかスポンジにソープをつけ何とか泡立てる。
「お、お願いします…」
こうして彼の背中を見る事は初めてだから、また違った彼の背中にドキドキする。
出来る事なら抱きついてみたい…そんな気持ちを抑えて、ぼくは彼の背中を丁寧に洗った。
「あ、ありがとう…あとは自分でやるから…」
背を向けたまま、そう言う彼もとても緊張しているようだった。
確かに耳も真っ赤に染まってた。
「え、えっと髪の方もご迷惑じゃなければ…」
「いや、そこまではいいよ…ぼくは君に背中を流して貰えただけで嬉しい」
もう少しこの作戦を続けていたかったが、さすがにこれ以上続けるのは難しそうだ。
ぼくも風呂場の椅子から、よいしょ…と立ち上がろうとするが足元が狂ってしまい…
「わわわっ…!」
「あ、危ない…流瀬くん!」
足を滑らせてしまったが、咄嗟の彼の行動により抱き留められ何とか転ぶ事はなかった。
けど…けど…この状況って…!?
「あ、さ…悟さま…」
「大丈夫かい、流瀬くん?」
タオル一枚隔てた状態で、今ぼくは裸の彼に抱きしめられてるという事だ。
彼の意外としっかりしている体に頭が沸騰してしまいそうだ。
「どこか痛い所とかはないかい?」
「あ、えっと…」
胸が…心が痛いです…なんて言えるわけもなく、ただぼくは俯いている事しか出来ない。
恥ずかしいから早く離れたくないような、もう少しいやずっとこうしていたいような複雑な気分。
「大丈夫なようなら、立てるかい…?」
「あ、あぅ…」
すごく顔が近いよう。
何だかこのままキスとか出来ちゃいそうな近さ。
このまま告白して、彼も同じ気持ちならここで…
「あ…もうダメです…」
「だ、大丈夫かい…流瀬くん?」
あまりにもすごい妄想がぼくの頭を駆け巡り、そのせいなのかだんだん意識が遠のいてきてしまった。
あと、もうちょっと…だったのに。
「流瀬くん…流瀬くん!?」
ぼくは彼の腕に抱かれたまま、そのまま意識を手放してしまった……。
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「流瀬くん…大丈夫かな…」
「きっとのぼせてしまっただけだと思いますよ、今はそうして側にいてあげて下さい」
あれから流瀬くんが倒れてしまって、色々と大変だった。
助けを呼ぶのに大声を上げたら、どうして流瀬くんと二人で風呂にいるんだと父さんに怪しまれたり…
何とかレイニーさんに手伝ってもらって、流瀬くんは今自分のベッドで眠っている。
「ん…んぅ…」
「目が覚めたのか…?」
「では、悟さま…流瀬さんを頼みますよ、私はお風呂場の片付けをしてまいります」
レイニーさんがバタリとドアを閉めて出ていくと、小さく声を上げた流瀬くんが苦しそうに手をさまよわせている。
「大丈夫…君は一人じゃない、大丈夫だから…」
思わずその手を強く握ってしまった。
まだ会ってからそんなに経っていない彼女だが、なぜだかとてもほっとけない気持ちになった。
「すぅ…すぅ…」
「よかった…それにしても…」
僕に手を握られて安心したように、彼女の表情は柔らかくなった。
それにしても、彼女はどうして僕の背中を流しになんか…
レイニーさんに聞いたら、新人メイドにそんな仕事はないと言っていたし。
何だかちょっとドジだし抜けてる所が誰かに似てるな…
「まさか…ね…」
僕はレイニーさんの机のクレイドルに寝ている、ルセルの方をちらりと見る。
「そんなことあるわけないか…」
ルセルはシュクレがヒューマノイドになりたいと言った時、彼女自身は嫌がっていたし。
もう少し、もう少しだけこのほっとけないお姫様のそばにいてあげよう。
そう誓って、ぼくは彼女の白い髪を優しく撫でた。
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彼がぼくのそばにこうしていてくれてたなんて、ぼくは知るはずもなかった。
目が覚めたら、ぼくの手を握って眠っている彼の姿にどれだけ驚いた事か。
作戦…は、成功したのだろうか…?
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