「堂元悟…お前はどう思ってるんだ…?」
自分のデスクの上にいる赤髪の神姫にいきなりそう尋ねられて、僕は何の事か分からず頭が真っ白になった。
「急にどうしたんだい、リプカ…?」
物事をはっきり言うリプカが、こうして何かを含ませたような言い方をするなんて珍しい…
「貴公ならもう分かってるはずだ…なぜそのままにしておける?」
リプカの澄んだ瞳がだんだんと怒りをはらんだものになっていく。
「いくら何でもはっきり言ってくれないと分からないよ、リプカ…」
僕はどうしてこの小さな少女にこんなに怒りをぶつけられているかよく分からない。
彼女に対して、何かとんでもなくひどい事をしてしまっていたのだろうか…
「では、はっきり言わせてもらう…これは私の推測だが、あの女…左藤時雨は人間ではない…」
「り、リプカ…いきなり何を…」
驚いた…リプカが時雨の正体を見破っていたなんて。
彼女がヒューマノイドである事は、オーベルジーヌ社でも数少ない人間しか知らない。
あとの人間や神姫は気付きもしないし、彼女には父親がいる事にもなっている。
「そして、あの女はどうしてヒューマノイドである事に誇りがないのか…赤哉はヒューマノイドだからと言って、あの女を見捨てるような男ではない」
リプカはもう推測で語っているような感じはなく、はっきりきっぱりと断言するような話し方になっていた。
「私は嘘が嫌いだ…そして、それはあいつも同じ。嘘をつく事の方が大罪であり、あいつを深く傷付ける…」
「リプカ…」
僕はもう何も言えなかった。
昔は心がバラバラで心配だった赤哉とリプカ…今ではこんなに信頼しあう関係になっていたなんて。
「私は許さない…主と決めたあいつを傷付けるあの女が…堂元悟、あの女は貴公の神姫であろう…この責任どう取るつもりだ?」
リプカは僕の散らかったデスクに置いてあった、未完成の剣を取り切っ先を僕に向ける。
「僕は…」
「いくら私の創造主である貴公といえども、私の主であるあいつをこれ以上傷付ける者は許さない…さぁ、覚悟を決めろ…!」
リプカは飛び上がり、僕の目の前でその未完成の剣を振るう。
その怒りの刃はギリギリで僕に当たる事はなく、リプカはまた同じ位置にすたっと着地した。
「僕は…シュクレが人間のようになりたいと人間のように人生を歩み、恋をして勉強をして生活する事を尊重してやりたい…だからいくらリプカに言われても、僕は僕で時雨を守る…」
「貴様…!」
リプカの表情がみるみるうちに赤くなり、怒りでわなわなと体を震わせている。
「時雨は僕の娘でもあり、オーベルジーヌ社全体でもみんな彼女を娘のように思ってくれている…時雨の夢を、みんなの夢を壊させるわけにいかない…!」
僕はいつもルセルに何でも譲って、自分の望みなど一つも言わないシュクレのただ一つの夢を叶えてやりたかっ
た。
--- 神姫のままでいたら私はずっと幸せにはなれません…だから人間になりたい…マスターと同じ人に…
あの時のシュクレの声が、泣き顔が、悲しみに暮れる姿が思い出される。
僕は本当にシュクレに幸せになってほしい…例えそれが間違った事だとしても。
「貴様がそんな物分かりの悪い人間だとは思わなかった…もういい、私は私のやり方で奴を救う!」
いつの間にかリプカはあの剣を持ったまま、僕のデスクから飛び下り研究室から出ていってしまっていた。
「僕は間違ってない…僕は間違ってないんだ…」
何だかよく分からないが、とてつもない頭痛に襲われた。
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「ここが私の部屋ですよ、七樹くん」
左藤はとても恥ずかしそうに俺を自分の部屋に案内してくれた。
「綺麗な部屋だな、俺の部屋とは大違いだぜ」
「そんな…汚いですよ、私の部屋も…だからなんか恥ずかしくて」
そう言う左藤だったが、部屋は家具などは少なくシンプルな部屋だったが所々で女の子っぽいインテリアが飾ってある。
洋服の山で足の踏み場もない、妹の抹黄の部屋とも大違いだ。
「すごい綺麗だぜ…抹黄の部屋なんて洋服だらけだしよ…って、クレイドル?」
綺麗に片付けられた勉強机の上に、なぜかぽつんと神姫用のクレイドルが置いてある。
「ふふ…懐かしくてどうしても捨てられなくて…」
少し埃が被っているクレイドルは、結構使われていないように見える。
「左藤も神姫やってたんだっけか…?」
「いいえ、私の好きな人が神姫をやっていてその人とお揃いなんです…前の好きな人の物を持ってるなんて私、最低ですね」
左藤は少し俯いて悲しそうな顔でそう言った。
こんな時の左藤にいつも俺は何をしてやったらいいのか分からない。
「ま、まぁ、思い出の品なら仕方ねーよ…俺も幼稚園の時にもらったラブレターとかまだ残ってるし」
「え、そうなんですか…?」
左藤がすごく複雑そうな顔で俺を見てる。
さすがにマズイこと言っちゃったかな…
「い、いや…捨てた記憶がないだけで、どっかいっちまった…今、左藤のクレイドルの話するまですっかり忘れてたし」
俺はうまい言い方も思いつかず、適当な感じでそう言った。
「何だか七樹くんらしいですね…ふふ…」
ようやく左藤が笑ってくれた。
何だかとても心があったかくて嬉しい。
こういうのが、人を好きになるって事だろうか…?
「座るとことかあまりないですけどくつろいで下さい」
左藤はそう言いながら、ベッドに腰かけた。
俺はとりあえず綺麗なカーペットの上にあぐらをかく。
「わざわざすまないな…気をつかわせちゃってさ」
「え、七樹くん…こっちにきてくれると思ってました」
そう言いながら左藤は、自分の座っているベッドの横のスペースをとんとん叩く。
「さすがにそれはマズイだろ…」
「いいじゃないですか…私たち、恋人同士でしょ?」
左藤の目が急に潤んだものに変わる…
そんな目で見られてもどうすりゃいいんだ…俺の頭は混乱している。
「なんだか心がすごく寒いんです、せめて温めてくれませんか?」
「そんな薄着してるからだろ…仕方ない、ちょっとだけだからな?」
俺は左藤の隣に腰かけ、彼女の肩を抱いた。
左藤はそのまま頭を俺の体に預けて目を閉じている。
「夏だったはずだけど、左藤って夏でも寒がるんだな」
「いいじゃないですか、理由なんて…今はただ、あなたの温もりを感じていたいんです」
左藤の体はとても弱々しく細く感じた。
俺はそんな左藤を守ってやりたい気持ちが強くなって彼女を強く強く抱きしめた。
「左藤…」
「時雨って呼んで下さい…」
「し、時雨…」
「赤哉…ありがとう…」
俺はこの日、初めて彼女を下の名前で呼んだ。
何だかとても照れ臭くてちょっと黙っちゃったけど、俺と時雨はただ抱き合ってるだけで幸せだった。
俺たちを渦巻く人間たちの葛藤など知るわけもなく、ただひたすらに純粋な愛を確かめあっていた…。
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