「あー、腹が立つ…腹が立つ…腹が立つ」
「どうしたの、リアトリス…いつものリアトリスらしくないよ」
全くマスターは何も分かってない。
どうしてシュクレさんの作戦に便乗しちゃったの?
あんな不良みたいな男とシュクレさんが一緒にいて、絶対に幸せになれるわけがない!
「どうせマスターには分かりませんよ…私の気持ちなんか…」
「そんなにイライラするなら、散歩でもしてきたらどう?」
マスターは相変わらず頼りない笑顔を私に向けている。
それがさらに私の心を苛立たせるので、仕方なく今回ばかりはマスターの意見を聞いてあげましょう。
「分かりました、私はこれから散歩に行ってきます…ちゃんと仕事はするように!」
「わ、分かってるよ…」
マスターは私がいないといつも彼女にメールしたり電話したりしてる。
その彼女の方もオーベルジーヌ社にいるから、さらにややこしい。
私はそんなだらしないマスターを監視・教育するために存在していると思っている。
「でも、こんなイライラする時まであんな人の世話なんかしなくてもいいですよね…」
私はすたっと華麗にマスターのデスクから飛び降り、開けっ放しの扉から研究室を出る。
神姫からしたら、それほど広くない廊下でさえ大冒険です。
「シュクレさん…シュクレさん…はぁ…」
私の気持ちは彼女には伝わらないだろう。
でも、それでもいいのです。彼女が幸せでさえいてくれたなら。
「でも、どうしてあの男なの…あんな男より、私の方がシュクレさんを幸せにしてあげられる自信があるのに…」
「クソ…全く役に立たない創造主だ…ああ言ったものの、これからどうするか…」
向こうから赤い髪を揺らして歩いてくる神姫が…
「もしかして、あの神姫ってあの男の…?」
何だか私の中で何かが弾ける感じがした。
「これはいい…あの男の神姫がどれほどか試してあげるとしましょう…」
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「さとる…」
「ルセル、聞いてたのかい?」
ようやく頭痛も収まってきた頃、僕のデスクに今度はルセルがやってきた。
「悪趣味だとは思ったけど全部聞いてたよ…だって大切な妹の事だもの」
ルセルの前髪に隠れてない方の瞳が悲しそうに揺れている。
「僕は…間違っていないよね…ルセル?」
今の僕は彼女にどうしても聞きたくてたまらなかった。
彼女にとってはとても酷な事かもしれないが、大切な妹の事だからこたえてくれるだろうと…そう思っていた。
「さとる…さとるの考え自体は間違ってはいないよ…大切な家族だもの、幸せになってほしいと思うのはぼくも同じ気持ち…でも…」
ルセルに否定されなくて安心していた僕だったが、《でも》の言葉に緊張してしまう。
「でも…一生、嘘をつき続ける事はシュクレにとってはとても苦しい事だと思う…」
「違う、嘘じゃないんだよ…シュクレはもう人間なんだから!」
僕はそう言わずにはいられなかった。
人間になりたいと願ったシュクレ…そのための父さんの発明でありそれは悪い事だとは思わない。
「でもね…いつか分かっちゃうと思う…そして彼ならそれを受け入れてくれるとぼくは思うんだ…」
必死に訴えるルセル。
僕もルセルもシュクレを大切に思う気持ちは変わらない。
「それじゃあ、シュクレは人間じゃないじゃないか…ヒューマノイドと人間の恋でしかない…」
「それの何がいけない? ヒューマノイドは恋をしちゃいけない? さとるは言ってくれたよ、神姫のぼくでもヒューマノイドのぼくでも大切な家族だと…」
ルセルに言われて、肝心な事を思い出した。
確かにこのままではいつかシュクレは大きな壁にぶつかってしまうだろう。
「だからリプカの言ってる事は正しいよ…ぼくは二人共、幸せになってほしいから…」
ルセルの隠されてない瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
しかし、表示は柔らかく仏のような笑顔を浮かべている。
「あとはシュクレ次第だと…あの二人次第だというわけだね?」
「そう…ぼく達がいくらこんな所で話し合っても無駄、この試練は二人で乗り越えるしかないんだから」
ルセルがこんなに大人だったとは思わなかった。
「それにしても僕は…まだまだ君にかないそうにないよ」
「さとるはそのままでいいんだよ、いつまでもぼくの大好きなさとるでいて…」
「ありがとう…ルセル…」
僕は手の平でルセルをぎゅっと抱きしめた。
ルセルはむうっと頬を膨らませて怒る。
「駄目でしょ、さとる…さとるには今、大切な彼女がいるんだから…」
「ち、違うよ…僕はただ大切な家族として…」
僕が手を離そうとすると、今度はルセルが僕の指に抱きついてきた。
「大切な家族としてならいいんだよね、さとる…?」
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「さて、どうしたものか…」
堂元悟の部屋から飛び出した私は、特に他に行く場所もなく無駄に長い廊下を歩いていた。
「どうも、こんにちは…赤哉さんの神姫のリプカさん…ですよね?」
随分の目つきの悪い紫髪の神姫が私に声をかけてきた。
「ああ、そうだが…先に名を名乗らぬとは関心せんな…」
「あ、すみません…私の名前はリアトリス、オーベルジーヌ社社員・戌井 小歩の神姫です」
リアトリスと名乗る神姫からはやたらと怒りの気迫が滲み出ている。
「そうか…だが、貴様の目的はただの挨拶だけではなさそうだな…」
私は持ってきてしまっていた剣を構える。
向こうは明らかに剣士型…剣士型相手に剣で戦うなど何かが間違っていたか…
「よくお分かりで…私のマスターは時雨さんの父親役をしているのですよ…だからあなたとは何か縁を感じまして…」
どこから出してきたのか、リアトリスは銃を構え始めた。
「ただの剣士型ではなさそうだな…」
「あなたこそ、そんな剣一本だけで何とかなるとでも?」
確かにこれでは全く歯が立たないだろう。
今はやるなら思い切りバトルしたい気分だった。
「よし、やるなら正々堂々とやろうではないか…」
「分かりました、フェリアさんのいる研究室へ参りましょう…」
少々、赤哉の事が心配だったが今はそれ所ではない…
私は紫髪の神姫に案内され、ある部屋に向かうのだった。
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「へっくしっ…!」
「か、風邪ですか…赤哉?」
「いやそんな事はないはずなんだけど…」
俺は急にくしゃみ出てしまって、何だか胸騒ぎしてならなかった。
後で聞いて驚いたけど、リプカが俺の事をそんなに考えてくれてたなんて全く知らなかった。
そして、お互い八つ当たりのようなバトルが起こってしまっていた事も……。
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