「おにーちゃんっ!」
「な、何だよ…抹黄…これから行こうとしてんのに」
時雨の親父さんに挨拶に行ってから、だいぶ月日が経って今日は時雨と俺が初めて二人で迎えるクリスマス・イブ。
いつもよりは服装もだいぶ正統派に決めて、これから時雨と待ち合わせしてる駅に行こうと玄関で靴を履いてたら抹黄に捕まった。
「クリスマスイブにデートなんて羨ましいなぁ…」
「リーシャ達はおじいちゃんとおばあちゃんとみんなクリスマスケーキを食べるのです!」
「な、何だよ…それだけ?」
玄関先でしょーもない事を言い始める抹黄とリーシャに呆れてしまう。
「俺はこれから出かけるんだよ、じゃあな」
俺はバイト代をはたいて買った新品の靴に足を突っ込み、玄関のドアをガチャリと開ける。
「さ、寒いのです~雪が降ってるのです~」
玄関から一歩出ると、そこは銀色の世界が広がっていた。
ホワイトクリスマスとは神様も粋なことしてくれるぜ。
寒がっているリーシャをよそに、妹の抹黄は急に真顔でこう言った。
「なんか分かんないけど…気をつけて…お兄ちゃん…」
「何なんだよ、さっきから…変な抹黄だなぁ、じゃあ気をつけて行ってくるよ」
じゃあ…と片手をひらひらさせて俺は、愛機であるバイクのリプカに乗っかっている雪を落とす。
「うーん…こんな雪ならバイクは危ないか…歩いていくか…」
俺は仕方なくバイクで行くのを諦め、徒歩で時雨の待つ駅へと向かった。
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「赤哉…遅い…」
「悪かったな…バイクでこようと思ったんだけど、天気がこれで歩いてきちまったから…」
駅に着くなり時雨が俺の元へパタパタと駆け寄ってきた。
時雨は遅いと文句を言いながらも、その顔はとても嬉しそうに綻んでいる。
「赤哉、今日もカッコイイです…いつもよりずっと…」
時雨の顔が真っ赤に染まっている。
駅は俺たちみたいなカップルの待ち合わせがたくさんいて、みんなこんな日だからとやたらとくっついている。
あれ…時雨の様子がいつもと違うな…なんか学校で見る時とは違う…
「綺麗だ…お前…」
思わず俺からこんな言葉が出てしまうほど、今日の時雨はとても綺麗だった。
化粧もいつもより落ち着いていてそして大人っぽく、洋服も白のコートから覗くチェックのスカートがとても可愛らしい。
「もう、赤哉ってばお世辞ばっかり…」
「お世辞じゃねぇよ、本当なんだからなっ!」
ついつい意地になってしまう。
周りからみたらただイチャついてるだけにしか見えないだろうが、俺と時雨はこれが普段通りだ。
「じゃ、まずは映画でも行きますか、お姫様?」
「はい…王子様…」
俺と時雨はいつものデートとそんなに変わらないデートを楽しんだ。
映画は時雨が前から見たいと言っていた、事故で記憶をなくした彼女と彼氏の切ない物語を見に行った。
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「映画…すごい泣けました…記憶を忘れた彼女に対する彼の愛が一途で懸命で…」
「まぁ、ありえそーでありえなさそーな話だったな」
「ひどいです、赤哉…赤哉は感動とかしないんですか?」
俺的には映画はあまりにも現実的な感じがしなくて、あまり感情移入出来なかったっていうのが正しい。
でも俺が映画で納得出来たのはただ一つ…
「お前がもし、記憶なくしても俺はずっとお前のそばにいる…お前が俺をいらないと思うまでお前をずっと好きでいたい…どんな時雨も時雨だから」
「赤哉…」
思った事を言っただけなのに、時雨は映画館の前でまた泣いてしまった。
映画館の周りにいた人たちは、あの映画はあんなに泣けるのかーと何人が入っていく。
「な、泣くなよ時雨…映画の宣伝しなくていいから…」
「違います、赤哉のさっきの言葉が嬉しくて…私、映画のヒロインにでもなった気分です」
鼻を真っ赤にして瞳を潤ませる時雨は何だかとても可愛かった。
彼女を落ち着かせるために俺は、静かに時雨の肩を抱いた。
「随分、泣いちまったようだし、そろそろ腹減ってないか?」
「あ…はい…」
「ほら、今度はたくさん笑顔になってもらいたいんだよ、泣いてばっかのお前なんて見たくねーし」
俺は時雨に向かってニコッと笑うと、雪化粧で白くなったいつもの街を歩いてある店の前にやってきた。
「こ、ここですか…赤哉…」
時雨が見ているのは、明らかに高級そうなレストラン。
金持ちそうなカップルが次々と入っていく。
「ごめん、今日はこっちなんだ…」
俺はその隣にある、綺麗とは言えない年期の入った小さなレストランへ時雨を連れていく。
「ここは…?」
「オーベルジーヌ社の社長さんが、昔平社員で働いてた頃に彼女を連れてきてプロポーズしたレストランらしいぜ」
俺は店員さんに名前を伝え、席に案内してもらう。
中はちょうど良い明るさの照明で雰囲気も良く、客もそんなに多くはないがみんな幸せそうだ。
「あ、ありがとう…赤哉…」
「まぁ、俺が出世したらあっちのレストランに連れてってやるから」
「赤哉、それ失礼ですよ…」
「そうだったな、マズイマズイ…」
着ていたコートを店員さんに預け、テーブルに置いてあったメニューに目を通す。
確かにどれも良心的な値段でメニューが豊富だ、俺が悟さんの親父さんに聞いた話だと味も絶品らしい。
「お、クリスマスメニューってやつがあるな…値段も良心的だし」
「私もそれが気になってたんです、二人共同じのにしましょうか?」
店員さんを呼んで、二日だけの限定メニューのクリスマススペシャルコースを注文する。
これなら俺のバイト代でも何とかなるので安心だ。
「赤哉…私たち付き合ってそれなりに経ちますが、何か気になる事とかありますか…?」
注文したものが届くまでの間、時雨はとても落ち着かない様子でこんな事を聞いてきた。
「気になる事ねぇ…最初の頃より、時雨の胸がデカくなった…とか?」
「違いますよ…もう…」
真っ赤になって怒ったかと思えば、今度はとても悲しい顔をする時雨。
こういう顔をする時はよく見かけるけど…これか!
「時雨、たまにすごく悲しそうな顔をするよな…今もしてたけど…」
「え…?」
「お待たせ致しました、クリスマススペシャルコースの前菜になります」
時雨はその言葉にとても驚いていたが、その瞬間に注文していた料理がきてしまう。
「うわぁ、豪華だなぁ…このチーズとか星の形してるぞ、時雨!」
「可愛い…ですね…おいしそう…」
この後も料理が続々ときてしまったので、その話は途中で終わってしまった。
そして、料理を食べ終えレストランを出た俺たちは、時雨を家に送りつつ近くの公園に立ち寄った。
これが俺と時雨の最後の楽しい思い出になろうとは、その時の俺たちには知る由もなかった…。
時雨、どんなお前でも愛する気持ちは今でも変わらない。
お前がどんなに悲しく辛い時でも、俺はお前のそばでお前を愛し続け悲しみなど消してやるから…
もう、泣かないでくれ…。
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