レストランで食事を終え、時雨を家に送りにいくついでに寄った公園。
狭い公園だが、雪化粧でいつもと雰囲気の違う公園はとても神秘的に見えた。
「わぁ…誰もいない…すごい綺麗ですよ、赤哉!」
時雨は誰もいない公園にパタパタと走って入っていく。
真っさらな白いキャンパスが時雨の足跡で色付いていく。
「ここは高台にあるからな…下にある街がよく見える…」
俺も時雨に追いつくように走って隣に立つと、目の下は街の明かりで輝いていた。
「ふふ…私、雪がすごく好きなんです…昔から雪を見るととても温かい気持ちになるんです…変、でしょうか…?」
時雨は嬉しそうに白い絨毯の上でくるくると回って見せた。
見ていると時雨がだんだん雪の精霊かなんかに見えてきて、綺麗なんだけど儚い感じが俺の心を動かした。
「どこにも…行くな…」
なぜだか分からないが、そんな言葉が口をついて出た。
俺は時雨を離したくなくて、強く強く彼女を抱きしめた。
「赤哉…どこにも行きませんよ、赤哉…私はずっと赤哉と共にあります」
時雨が俺を強く抱きしめ返してくれた。
誰もいない真っ白な公園で、抱き合う俺と時雨。
何十分かずっとそうしていた。
俺は急に忘れていた事を思い出して、コートのポケットから小さなケースを取り出す。
「これ…クリスマスプレゼント」
俺はケースから雪の結晶の形をした白いスワロフスキーのついたネックレスを、時雨の手を取りそのまま手の平に乗せた。
「あ、ありがとう…赤哉…」
時雨は手の平のネックレスをじっと見てから、俺の目を見て泣きそうな顔で微笑んだ。
「つけてやるよ、マフラー外してみ?」
時雨は言われた通り、マフラーを外し白い首を露わにする。
俺はその白くて細い首に、雪の結晶のネックレスをかけた。
「綺麗だな、時雨…やっぱりお前にはこれがよく似合ってる…」
街中のいろんなアクセサリー屋を巡ってようやく見つけたネックレス。
この雪の結晶のネックレスが時雨に一番似合っていると思って、恥ずかしいながらも女の子ばかりの店で買った。
「ありがとう、赤哉…大切にしますね」
時雨はとても嬉しそうに笑った。
目の端から小さな雫がこぼれ落ちていたので、指で優しく拭ってやる。
「お前には涙は似合わないな、こうしていつも俺の側で笑っててくれ」
「はい…」
二人を祝福するかのように、雪が静かに降り始めた。
時雨は今日一日自分がずっと付けてて、さっきネックレスのために外したマフラーを俺の首にふわりと巻いた。
「へ…?」
「これ、実は赤哉へのクリスマスプレゼントだったんです…渡す勇気がなかったら自分で持っていようと思っていて…」
マフラーをよく見てみると、明らかに手編みのものだという事が分かった。
俺の大好きな赤のマフラーは、時雨の温もりがまだ残っていてとても温かい…
「ありがとな、今でもこんなマフラー編んでくれたりする純情女子っているんだな…俺そういうの嫌いじゃないぜ」
「あ、えと…私のお父様に聞いたら、プレゼントするなら手編みのマフラーが一番だって…」
時雨は真っ赤になってもじもじしている。
それがとても可愛くて、無防備な頬にキスをした。
「あ…」
「これもクリスマスプレゼントとしてもらっておくわ」
時雨の頬は寒風にやられ冷たくなっていたが、本人は顔を真っ赤にして固まっている。
「だったら私も…」
「馬鹿だな、お前は…どうなっても知らないぞ」
時雨が目を閉じてせがんでくるので、薄いピンクのリップで染まっている唇を奪った。
「ん…」
深い深いキス。
今までは軽いキスまでしかした事なかったけど、今夜はもう止まりそうになかった。
俺たちはお互いを味わうように長く深いキスをした。
時雨の唇はさっきレストランで食べたデザートのケーキの味がした。
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「さすがにもう帰るか…そろそろ日が変わりそうだ」
「もっと一緒にいたいです…」
長いキスを終え公園の時計を見れば、もう11時を過ぎていた。
時雨の首には俺がクリスマスプレゼントにもらったマフラー。
あまりに寒そうだったから、時雨の首にまた巻いてしまっていた。
「俺もこのままお前と離れるのは心苦しいけど、あんまり遅くなりすぎてもお前の親父さんが心配するからさ…」
「赤哉…来年のクリスマスは朝まで一緒にいれますか…?」
真面目に話す俺の後に時雨が言った言葉には驚いた。
「お、おま……分かった…来年は朝まで一緒にいれるようにする…」
「わーい、やりました! 来年のクリスマスは朝まで一緒です!」
時雨はとても嬉しそうにスキップして公園を出ていく。
「馬鹿だなぁ、あいつ…そういう所が可愛いんだけどさ…」
俺は照れ臭くてたまらなくて髪をぐしゃぐしゃに掻くと、時雨を追って走り出した。
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「じゃあ…また学校でな」
「もう冬休みですよ…また明日、デートしましょう」
「お、おい…さすがに俺のバイト代ももうないぞ…」
「いつもみたいに私の部屋にきてくれていいですから」
時雨の家の玄関先。オーベルジーヌ社はこんな時でも研究室の明かりは灯っている。
「分かった分かった、明日またお前の家に行くよ。じゃあちょっと遅くなりすぎちゃったけど親父さんによろしくな」
俺は後ろ手に手を振って、時雨の家の大きな門から出ていく。
ちらりと振り返れば、時雨が大きく手を振っているのが見えた。
「今は名残惜しいけどまた明日、会えるしな…」
俺は時雨の家から数十メートル歩いた交差点を渡る。
「あ、時雨のやつ、俺がお土産で買ってやったレストランのケーキ忘れてやがる…」
自分の手に持っていたケーキの箱に気付いて、俺は渡りかけていた交差点を戻る…。
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「あ…赤哉ってば、私にマフラー巻いたまま帰っちゃって…せっかくあげたのに…まだいるかな?」
私は先程別れたばかりの赤哉を追いかけ、自宅を飛び出した。
「今日こそはちゃんと話そうと思っていたのに…」
今日こそはちゃんと話そうと決めていたのに、やっぱり話せなかった。
赤哉を心から信じているはずなのに…どうして…
そう赤哉の事を考えて走っていたら、数メートル先に茶髪の男の人が歩いている。
「はぁ…はぁ…赤哉いた…」
赤哉はちょうど家の近くの交差点を渡ろうとしている所だった。
声をかけようとしたけど、赤哉が急に交差点を引き返そうとしたのでやめといた。
「あ…れ…赤哉…」
赤哉が歩いている所へ曲がってきたバイクが近付いている。
赤哉は私の姿に驚いて立ち止まってしまっている。
あのままでは…赤哉が危ない…!
「赤哉…あぶないっ!」
そう思った瞬間、私の体は勝手に動いていた。
赤哉を助けたい…私の頭はそれだけでいっぱいだった。
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「う……」
何があったんだ…全く分からない。
俺は交差点を戻ろうとしたら、なぜか時雨がいて…
「しぐ…れ…しぐれ…時雨?」
俺が交差点で目を覚ますと、目の前にボロボロになった時雨の姿と壊れて変形したバイク…その運転手が倒れていて…
「う、う……うわあああぁぁぁ!!!!」
分けが分からなかった。
もう頭が混乱して、絶叫した後は全てが真っ白になって…
次に目が覚めた時、俺は病室のベッドの上にいた…。
何もない病室…俺は時雨の事をひたすら想っていた。
まさかこの時にそんな事実を知る事になろうとは…
時雨に会いたい、時雨に会いたい…
ただひたすらそう願って涙を流していた。
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