「・・・・・っ」
「シュクレ…シュクレ!?」
「目を覚ましたのか?!」
「ようやく…ようやく赤哉さんの祈りが通じたのですね!!」
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「卒業まであと一週間…時雨は目を覚ましてくれるだろうか…」
「お兄ちゃんってば、何また暗くなってんのよ!」
バンッと結構勢い良く抹黄に背中を叩かれた。
「そうなのです、希望はまだ捨てたら駄目なのです!」
抹黄の手の平の上でうるさく騒いでるのは、抹黄の神姫であるリーシャ。
「あれからお前も本当に頑張ったからな、あんな高校からあの大学に通うなんてお前だけじゃないか?」
机の上で腕を組んで話しているリプカは、とても誇らしそうだ。
「ま、まぁな…本当は専門でもいいかなとは思ってたけどせっかくだから…」
「お兄ちゃんその割に私に勉強教えてくれないよね…本当に勉強できんの?」
「ちょっと怪しいのです~」
疑いの眼差しで見てくる抹黄とリーシャ。
「仕方ないだろ、勉強以外はこれを買う為にバイトで必死だったんだから…」
「わぁ、なになに…高そうな指輪じゃん!私にくれるの?」
結構立派なケースに入っている新品の指輪を抹黄に奪われた。
「わぁ、すごく綺麗…!」
「ばっ、馬鹿すげぇ高いんだから乱暴に扱うな」
取り返そうとする俺の手をひょいひょいと避ける抹黄。
「抹黄ちゃんなら似合ってるのです!」
「お兄ちゃんってば、妹思いの良いとこもあるのね~」
「だから違うって…!」
ひょいひょいと色々と飛び移ってあっという間に指輪を回収するリプカ。
「これは赤哉が大事なあいつのために汗水流して買った指輪だ…粗末にしたら許さん」
リプカは抹黄とリーシャに恐ろしいほどの睨みを利かせる。
「ご、ごめんなさいなのです…」
「ごめんね、お兄ちゃん…そんな大事な指輪だって知らなかったから…」
「まぁ、いいんだ…問題はこれを渡す相手が目覚めるかどうか…」
俺はリプカが取り返してくれた綺麗な指輪を眺める。
「もしかしてお兄ちゃん…まだ学生確定なのに結婚すんの!?」
「すぐに一緒に暮らしたりは難しいかもしれないけど、これは一種のケジメみたいなもんだ…」
「おめでとうなのです~!」
リーシャは相変わらずあんな調子だが、抹黄はいたく驚いているようだった。
「まぁ…さ、目覚めてすぐにこんな事したら断られるなんて事もあるかもしんないけどさ…」
「そんな事ないよっ!」
抹黄の急な大きな声に驚いてそちらを見ると、抹黄の表情は先程とは違いかなり真剣なものだった。
「お兄ちゃん、時雨さんはお兄ちゃんと絶対結婚したいはずだよ…せっかくだから時雨さんもみんなでここで暮らせばいいじゃない!」
「抹黄…」
「私もバイトとか頑張るから…そしたら皆でここで暮らせるでしょ?」
いつになく抹黄の真剣な顔と、俺らを思ってくれている言葉に目頭が熱くなってくる。
「抹黄…サンキューな、そん時は頼むわ…」
俺はこれ以上は抹黄を見ていられなくて、あいつの頭をわしゃわしゃ乱暴に撫でてごまかした。
「時雨さんもみんな一緒で暮らせるなんて楽しそうなのです~」
「まぁ、まずは時雨に目覚めてもらわないとな」
リプカのこの言葉にみんな深く深く頷いた。
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「お姉様…私は…私は…?」
「シュクレ…いや、時雨! 目を覚ましてくれてよかった!」
「これは奇跡だ…! レイニー、すぐに赤哉くんに連絡を!」
「は、はい…!」
社長の言葉でレイニーさんは慌てて部屋を出ていった。
約二年近く眠り続けていたシュクレ…いや時雨が目を覚ましてくれて本当にぼくは嬉しい。
こんな奇跡が目の前で起こるなんて誰も予想してなかったのだから。
「お姉様、先程からシグレとかセキヤとか言ってますがそれは一体…?」
「「………え!?」」
「それに今の私、お姉様よりだいぶ大きいような…」
妹のこの言葉に、ぼくも社長も思わず耳を疑った。
「これは、まさか…」
「お姉様、私ずいぶんと長く眠っていたような気がします…お姉様、愛してます…」
「記憶を失っているようだ…ヒューマノイドだった時の記憶を…」
時雨が目覚めてくれたという喜びが、記憶が消えてしまっているという事で絶望に変わった。
「お兄様、赤哉さんに連絡済ませました…すぐにこちらへ向かってこられるようですよ!」
絶望していたぼくと社長の沈黙を破るように、嬉しそうな声を出すレイニーさんが帰ってきた。
「実はレイニー…」
「どうしたんです、お兄様…え…まさか、そんな…」
戻ってきたレイニーさんの腕を掴み、耳打ちする社長はレイニーさんの顔色を一気に変えた。
「お姉様、私幸せです…こうしてお姉様の側にいられて…」
「え…やめてよ、ちょっと…!」
時雨の大きなに捕まってしまって、柔らかなその頬でぼくの小さな全身が頬擦りされる。
「レイニー、赤哉くんにもう一度連絡して…」
《ガチャリ…》
社長がそうレイニーさんに伝えた途端、部屋の扉が音を立てて開いた。
「時雨…ようやく目を覚ましたんだな…時雨っ!!」
時雨に向かって一直線で駆け寄ってきたのは、今一番来てほしくないと思われていた彼…赤哉だった。
赤哉は時雨の目の前までくると、時雨を強く抱きしめようとする…けど…
「や、やめて下さい! いきなり何をするんですかっ!」
「何をするんですかって、愛する恋人が目を覚まして抱き合わないわけがないだろう?」
「…恋人?」
時雨に勢いよく突き飛ばされた赤哉は、部屋の奥の方で驚いたような恐れるような顔で彼を見ている。
「赤哉くん…」
「赤哉さん…」
この様子を見ていた社長とレイニーさんは、とても困ってような顔を浮かべて同時に溜め息をついた。
「私はあなたなんて下劣な男は知りません、私が愛しているのはここにいるお姉様だけです…!」
時雨はそう叫ぶように言うと、ぼくをそのまま顔をに寄せてぼくの小さな顔にキスをした…。
「し、時雨、何してるんだ…時雨の彼氏は赤哉でしょう?」
「知りません、あんな人…私は世界でただ一人、ルセルお姉様だけを愛してます!」
「そんな! 嘘だ、冗談だって言ってくれよ時雨!!」
「そもそも私は男性なんかに興味はありません…特にあなたのような下劣で最低な男ならなおさら」
「くそ……っ!」
時雨のあまりの言いように、赤哉はそのまま走って部屋を出ていってしまった。
「赤哉くんっ!」
「赤哉さんっ…!」
出ていった赤哉を追い掛けるように、社長とレイニーさんも部屋を出ていく。
部屋に残ったのは、ぼくと時雨…シュクレだけ。
よく見れば、扉の近くに何か黒いケースが落ちている。
「あれは…赤哉が落とした…?」
「お姉様、ずっと一緒にいて下さいね?」
「えっと…あ、うん…」
ぼくはただ頷く事しか出来なかった。
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「どうして…なんでだよっ…」
俺はいつの間にかオーベルジーヌ社を出て、近くの信号の前へ来ていた。
「ここは…」
時雨と俺が事故に遭った場所。
あれからいろんな事があったけど、希望はずっと捨てないでいた。
「なのに、どうして…!」
奇跡的に目覚めた時雨が俺だけを覚えていないなんて…
時雨が目覚めるまではもう泣かないと決めていたが、こんな風な涙を流す事になるとは想像もしてなかった。
どうして神は、こうして次から次へと俺たちに試練を与えるのだろう…?
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