「悟さま、本日はへちま社の社長様がいらっしゃるそうですよ」
僕が朝食を食べていると、レイニーが思いもよらぬ事を話してくる。
「ちまりさんのお母さんですね」
ちまりちゃんの名前が出たことに、僕の胸は苦しくなる。
その様子に気がついたのか、シュクレがレイニーさんの話に変わりに応える。
「そうなんですか…一度お会いしたことがありますね」
「うん、すごい美人さんで、ぼくと違ってスタイルもよくって…」
何故か言いながら落ち込んでいくルセル。
「お姉さまにはお姉さまの素敵なところがありますよ、私はよく知っています」
「シュクレ…」
ルセルがシュクレを見つめている。
珍しい光景だ。
「なので、次お風呂に入ったら体をもっとよく見せてくださいね」
「ダメ!絶対ダメ!」
たしかにルセルは子どものような体型だとは思うけど、そこまで悩むことじゃないと思うんだけどな…
「学校から帰った頃に来るそうなので、ちょうど会えるかもしれませんね」
学校から帰ってくると、研究所側のドアには、ちまりちゃんのお母さんのちまさんと秘書の鈴葉さんが立っていた。
どうやらちょうど研究所にやってきたところらしい。
「あ、ミニーソンくんだ!」
ちまさんはあっという間に僕を見つけると、僕の前に駆けてくる。
その動きはまるで子どものようだった。
「ミニーソンくん、久しぶりだねー」
ちまさんは僕を抱きしめてくる。
僕はもう頭が沸騰しそうなほど顔が赤くなっていた。
「さとるもどうせスタイルが良い方がいいんでしょ…ふーんだ」
「お姉さま、あまりいじけないでください…」
シュクレがルセルを励ましている。
「い、石崎さん、離して…」
「あ、ごめんね!」
ちまさんが離してくれたおかげで、ようやく息ができる。
「あとミニーソンくん、石崎さんっていうのはやめてよ?」
じゃ、じゃあどうやって呼べば…?
「ちまちゃんって呼んでいいから!」
さ、さすがにそれはダメだと思います…
「そ、それじゃあ…ちまさん、仕事は大丈夫なんですか?」
「…あっ」
すっかり忘れていたのか、研究室の方に向き直る。
そこには秘書の鈴葉さんが立っていた。
「もう約束の時間ですよ、オニーソンさんに会いに行きましょう」
「うん!オニーソンへちま社には全然来てくれないんだもの…」
ちまさんがいじけている。
「…ちょうどいいや、ミニーソンくんも一緒に行こうよ!」
「え、えぇ!?」
言うと同時に、ちまさんは僕の手をひっぱっていく。
…あぁ、ちまりちゃんはお母さん似だったんだ…
「ごめんなさい、オニーソンさんは今神姫センターに偵察に行っていて、家にはいないんですよ」
研究室に入ると、レイニーさんが待っていた。
「えぇー!」
「そうなんですか…それは残念です」
ちまさんも鈴葉さんも残念そうにしている。
「でも、レイニーちゃんに会えたから良かったよ」
ちまさんはあっという間に立ち直ったらしい。
「すごいよねー、レイニーちゃん、ちゃんと大人の体になってるしー」
ちまさんがレイニーさんの体を撫で回している。
レイニーさんはさすがにちょっと困っているようだ。
「…」
ルセルが頬を膨らませている。
スタイルのいい人々に相変わらずやきもちを妬いているらしい。
「あ、この子達がミニーソンくんの神姫?ちまりから聞いてるよー」
ちまさんがルセルとシュクレを手に持ち、話しかけている。
「ちまりちゃんから…?」
「うん、最近はちょっと大人しいけど、ちょっと前はいつもミニーソンくんの話をしてたよ」
…最近はちょっと大人しい…か。
やっぱり心配だな、ちまりちゃん…
「私も神姫を持ってるの、ほら!」
ちまさんがバッグを開くと、その中には天使型と天使コマンド型の神姫が入っていた。
「ぷはー、こんな暗いところにいつまで閉じ込めてるつもりだったのよ、どうかしてるぜ…」
天使コマンド型がブツクサ言っている。
「ちまさん、ここはどこですか…?」
天使型の神姫が、何故か泣きそうな顔で話している。
「静菜ちゃんと夢子ちゃんだよ!」
ちまさんが2人を指差しながら教えてくれる。
天使型が静菜さんで、天使コマンド型が夢子さんか…
…え、夢子さん?
「夢子さんは姫子さんとお知り合いなのですか?」
「姫子は私の双子の妹よ、そして静菜は私たちのお姉ちゃん」
シュクレも同じことが気になったのか、夢子に尋ねている。
そういうことだったのか…道理で似ているはずだ。
「泣いてるの?大丈夫?」
「は、はいぃ…」
ルセルが静菜さんを心配している。
「ミニーソンくんの神姫も可愛いねー。あ、鈴葉ちゃんも神姫出しなよー」
「いいですけど…」
鈴葉さんもバッグを開く。
そこからは戦闘機型と、金髪に角の付いた神姫が現れた。
「はじめまして、私ベルーラと言います」
「私も初めまして、琴音と申します」
ベルーラさんと名乗った神姫は、今まで見たことがないタイプだった。
天使型のような髪型だが、赤い目をしている。
「ベルーラちゃんは、ちまちまへちま社のオリジナル神姫なんですよ」
鈴葉さんが説明してくれる。
…メガネに隠れていて今まで気がつかなかったが、鈴葉さんもかなりの美人だ。
スタイルもかなりいい。
「…さとる、また鼻の下が伸びてるよ…」
「んもぅ、マスターも好きですねぇ」
ちょっと不機嫌そうなルセルと、いつもどおりなシュクレさんが話している。
ま、まずい、顔に出てたのか…
「お二人は姉妹なのでしょうか?」
「はい、私はお姉さまの双子の妹で、そして世界一の恋人です」
シュクレがいつもどおりに答えると、琴音さんは小さなメモを取り出し何かを書き始める。
「ロリ体型の姉と、ナイスバディの妹の姉妹百合ものですか…これは萌えますね…」
「…はい?」
「い、いえ、なんでもありません!」
琴音さんはメモを必死に隠している。何が書いてあったのだろう…
「私にもアイネって妹がいるんですけど、なかなか会うことができないので羨ましいです」
ベルーラさんが話し始める。
「アイネさんは時乃さんという方のところに行っているベルーラさんと同型の神姫なんですよ」
「はい、本当なら私が行く予定だったんですけど、私はまだテストが終わっていなくって…」
鈴葉さんも説明に入る。
「妹と離れ離れなんて、寂しいですね…」
「うん、この話を聞くと、お姉ちゃんいつも泣いちゃうの…」
シュクレが返事をし、静菜さんはまた泣き始めている。
「お姉ちゃん泣きすぎよ、どうかしてるぜ…」
夢子さんはまた同じ台詞をカッコつけながら言っている。
…マイブームなんだろうか…?
「ねえ、ミニーソンくん、ミニーソンくんは神姫のバトルもするんだよね?」
どうしてそんなこと聞かれたんだろう?
「私も、たまにやるんだよねー、ちまりに勝った君と勝負してみたいなー」
こんな大人の女の人でもバトルするんだ…ちょっとびっくりだ。
「私はいいわよ、バトルも嫌いじゃないしね」
「えぇー、私はちょっと怖いよー」
夢子さんはノリノリだが、静菜さんはあまり乗り気ではないらしい。
「ほら2人とも、せっかくなんだからやるよー」
ちまさんが研究室の戦闘シミュレーターに2人をセットし始める。
…これは逃げられそうに無い…
「やった、勝ったよー!」
「ふふ、お姉さま嬉しそうですね」
バトルが終わったルセルが、嬉しそうに走ってくる。
「私の攻撃、ほとんど防御されたじゃない。どうかしてるぜ…」
夢子さんは姫子さんとは違って近距離戦タイプ、静菜さんはアウラさんのような遠距離タイプだった。
ここ最近の特訓がなかったら、きっと負けていたと思う。
「ミニーソンくんすごいね、戦闘中にあんなに指示が出せるなんて…」
「はい、中学生とは思えませんでした」
ちまさんと鈴葉さんが感心している。
「…」
ちまさんが僕に近付いてくると、僕を静かに見つめている。
「…これだけ強い男の子なら、ちまりを任せても平気かな?」
「…え?」
ちまさんの突然の言葉に、頭がパニックになる。
「ちまりをお願いね、あの子、最近なんだか様子がおかしいから」
周りに聞こえないように僕の耳元でつぶやくと、ちまさんは鈴葉さんの方に戻っていつもの調子に戻る。
…ちまさんの勘の良さは、ちまりちゃん以上だったらしい…
「…レイニー、みんなは帰ったか?」
静かになった研究室の奥から、お兄様が現れる。
…もう、せっかく皆さんが来たのだから出てくればいいのに…
「皆さんはお帰りになりましたよ、仕事の書類に目を通されますか?」
「あぁ、後で見ておくよ」
お兄様は研究室のPCのある机の椅子に腰掛けると、PCを操作しはじめる。
「…またか」
オニーソンさんが渋い顔で呟いている。
「どうしました?」
「最近、オーベルジーヌ社のネットワークに侵入をしようとしているアクセスがあるんだ」
お兄様がセキュリティプログラムのログを開き始める。
「相手の使っている端末に逆ハッキングをかけて、『K』という名前だけは盗み出すことができた。
しかし、相手の使っている端末の年設定がおかしいんだ…」
お兄様はログのある部分をズームアップする。
そこには、『西暦2223年』と表示されていた。
「相手のPCの設定が間違っているか、あるいは…」
お兄様の表情が険しくなる。
「本当に未来からのアクセスなのか、だ」
真剣な表情は、それが冗談でもなんでもないことを表していた。
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