「…マスター、この格好はなんのつもりだ?」
俺がクレイドルから目覚めると、いつもならあるはずの手の爪も、腰にあるベルトもなかった。
あまり見ることのない素手と、ボディには…なんだこれは?
「いや…月夜になら似合うんじゃないかと思って」
マスターの野郎が何故かちょっと頬を染めながら話す。
俺の体には、黒色のフリフリしたドレスが着せられていた。
「…仕方ない、ここからは私が説明しよう」
右を振り向くと、そこには水色の着物を来た水都が立っていた。
「…水都もなんだその格好は?」
「…良いから聞け」
水都もなんだか落ち着かなそうに、ここまでの出来事を話し始めた。
「…へちまガーデンに買い物に行きたい?」
私が目覚めると、マスターの星夜が目の前にいた。
同じマスターの神姫である月夜はまだクレイドルで眠っている。
「あぁ…ちょっと見たいものがあってな…」
「…今はファンシーな服がセール中だったはずだが?」
マスターは私たちにボーイッシュな格好をさせることが多い。
そういう服の新商品はなかったはずだが…
「も、もしかしたら新商品があるかも知れないだろ!?」
何故か突然叫びはじめるマスター。
…何故そこまで慌てる?
「…わかった、お供する。月夜も起こして…」
「い、いや、月夜はファンシーな服を見るだけで嫌がりそうだからな、水都だけ来てくれ」
今日のマスターは様子が変だな。
…まぁいいか、マスターである以上断る理由なんてない。
マスターの服のポケットに入り込むと、マスターは玄関へと向かっていった。
へちまガーデンの入口の前までくると、マスターは一度店を通り過ぎ、途中で振り返りまた前を通り過ぎる。
「…どうしたんだマスター、たしかに今日はファンシーな装飾が多いようだが…」
ファンシーな服がセール中ということで、店の前の展示もいつも以上にかわいらしい感じになっている。
「う、うるさいな!」
マスターは覚悟を決めたような顔をすると、お店のドアを開けた。
「いらっしゃいませー…って、星夜くんか…」
「…ち…ちまりちゃん!?」
お店に入った瞬間、マスターが硬直する。
ポケットから覗くとそこにはちょっと前まで…半場強制的ではあったが…マスターの彼女だったちまりちゃんが立っていた。
彼女はこのお店の制服らしいエプロンを着ている。
「なんでちまりちゃんがこんなところに…」
「ちまりちゃんは、ここのお店のオーナーの娘さんなんだよー」
「そうよ、下手なことしたらただじゃ済まないわよ?」
ちまりちゃんの神姫である、アウラさんと姫子さんが答える。
それは知らなかったな…マスターは知らない間に好きな相手に近づいていたのか。
「…ちまり、あの時の事は本当…」
「…別にいいよ、ただもう呼び捨ては止めてほしいかな」
無理矢理彼女にしていたときの事を謝ろうとするマスターを、ちまりちゃんはちょっと困りながらも止める。
「…ちまりちゃん…」
「ただ、来た以上は何か買っていってもらおうかなー」
ちまりちゃんが笑顔に戻る。
…弱冠営業スマイルが入っている気はするが…
「ち、ちまりちゃんはオススメあるかな…」
「えっとねー、このウェディングドレスとかオススメだよ、後はこのゴスロリ服とか…」
ちまりちゃんがセール中のファンシーな服をいくつか取り出す。
「い、いや、水都と月夜の服だから…」
「二人とも女の子なんだからいいの!こうなったらちまりがコーディネートしてあげるよ」
ちまりちゃんはもっとファンシーな服を取り出す。
あたふたしながらも、断ることもできないマスター。
…可愛い格好は苦手だが、これは私も覚悟を決めるしかなさそうだ…
「…で、帰ってきた結果がこれってわけだな」
「お、おう…」
マスターはまだ恥ずかしそうにしている。
「…だがマスター、行く前の慌てぶりを聞くと、最初からファンシーな服を買いたかったみたいだな?」
「そ、そんな訳は…」
「今だって、わざわざ家に帰ってから着せる必要はなかったはずだが」
そこまで言うと、マスターはもはや何も言えなくなって黙ってしまった。
…さすがに言い過ぎたか、まったくめんどくさいマスターだ。
「…しかたがねーな、家の中でならたまには着てやるよ」
そういうと、マスターはびっくりしたようにこちらを見たが、すぐ目を反らした。
「…どうした?見なくていいのか?なんだったらポーズも取るぞ?」
「そ、そこまでしなくていい!」
「なんだったらもっと着崩したっていいし、撮影したっていいんだぜ?」
マスターは相変わらず直視できないのかキョロキョロしている。
「…月夜、あまりマスターを虐めるなよ?」
「ふふ、大事な大事なマスター様を虐めるわけねーだろ?それにな…」
「「…?」」
マスターと水都がこちらを不思議そうな顔で見ている。
「寝ている間に着替えさせたっつーことは、俺の裸も見たってことだよな、マスター?」
「…い、いや、それは!?」
「それは是非とも感想を聞こうじゃねーか、どこを見て触ったのかも詳しくな」
困ったり慌てたり恥ずかしがったりでもはやパニックなマスター。
まったく…人前ではかっこつける癖に、家ではこんななんだからな。飽きさせないマスターだ。
仕方がねーから、俺も人前では立ててやるけどな…
…これからも飽きさせないでくれよ、マスター。
俺は一生お前の神姫なんだからな。
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