「父さん…大丈夫かな…」
僕はあの事件で大切なレイニーさんを失った父さんが心配でならなかった。
昔の僕なら父親の心配なんてする事もなかったけど、ルセルとシュクレ…二人の神姫のおかげで僕の心もだいぶ変わった。
「珍しいね、さとるがそんなにお父さんを心配するなんて…」
ベッドに寝転がり部屋の天井を眺めていた僕の視界に、白髪で髪で片目が隠れている神姫…ルセルが大きく映る。
「くすぐった…僕の顔に乗らないで…」
僕の頬あたりにルセルがバランスがうまく取れなくて揺れているのが、実にくすぐったくてたまらない。
「マスターは、私がいなくなってしまったら悲しいですか…?」
僕のお腹の方から声がする。ルセルより色々大きい白髪神姫、妹のシュクレだ。
「そりゃあもちろん!悲しいどころじゃ済まないよ!」
シュクレのその言葉に僕はベッドから半身を起こすと、僕の頬にいたルセルが勢いよく落っこちる。
「わ、わわわーっ!!」
「お姉様、いま助けますっ!」
僕の腹に乗っていたシュクレが、空を舞うルセルと王子様のように抱き留めた。
「あ、危ないなーさとるっ!」
シュクレにお姫様抱っこされているルセルは、声を張り上げて怒っている。
「ご、ごめん…でも僕、ルセルとシュクレがいなくなるなんて考えられないよ…考えたくないっ」
僕はお姫様抱っこするシュクレ、まだ怒った様子のルセルをそのまま片手でぎゅっと抱きしめる。
「ま、マスター…さすがに苦しい…」
「もうっ…今日のさとる、なんか変だよー」
僕の右手の中で二人は文句を言っていた。
こんな風に出来る事はすごく幸せな事なんだ。
30年も一緒にいた子が急にいなくなってしまった父さんは、さぞ辛く悲しいだろうと考えるだけで僕の心が痛んだ。
「もう君はいない…またいなくなってしまった…僕の大切な人…」
研究所のデスクに酒を展開させ、突っ伏しているのが僕だ。
いくら彼女の行為は間違ってなかったとはいえ、もう大切な人がなくなるなんて堪えられなかった。
「大丈夫です…私がずっとお兄様のお側にいます…私はヒューマノイドですから死ぬ事はありません」
いつかの彼女の言葉、表情が僕の頭に蘇る。
僕が初めて心から愛した日が亡くなった日、30年ずっと一緒だった彼女…レイニーは僕を抱きしめそう言った。
その時は自分がまだまだ子供みたいだという事が許せなかった。
レイニーにそんな事を言わせるなんて…なんて残酷な事を言わせたんだろう。
彼女は始めから分かっていたのかもしれない、こんな事が来る事を…
「ロボットだからって永遠に生きれるわけがない…物なんだからいつか壊れてしまう…壊れてしまえば心も思い出達もみんな…」
消えてしまった。僕と共に30年間過ごしてきた彼女は。
ロボットなのだから、同じ姿、同じ声、同じ性格な彼女は作れる。
けれど、あのレイニーはもういない。
研究所の充電用ベッドに眠っている彼女の体は、ぴくりとも動けない。
僕がまた彼女を新しく起動すれば彼女は目覚めるだろうが、そこにいるのはあの彼女ではない。
「ごめん…ごめんよ、レイニー…」
僕はよろよろした足取りで横たわるレイニーの所まで歩く。
かなり酔っているのか床に散らかしっぱなしの酒の瓶に足を引っかける。
「まぁまぁ、こんなに散らかして…駄目じゃないですか、お兄様…」
転んだ僕の目の前にしゃがみ込み、僕の散らかした酒瓶を片付ける彼女がいる。
「心配なんです…お兄様の体が…いつでも無理なんてして欲しくない」
彼女はそう言って目元に涙を溜めた笑顔で優しくそう言った。
僕はそんな彼女を抱きしめようとする…が、そのまま床に倒れ込んでしまう。
「まぼろし…か…」
そう、幻。これが酒が見せる幻なのか、何なのかは自分でもよく分からない。
いつもならそんな事の答えをすぐに見つけられる自分も、だいぶ酒や悲しみで頭がやられていた。
「ははは…たかがロボットじゃないか…なのにどうして…」
僕の目からはひたすらに涙がこぼれ落ちる。
こんなに泣いたのは、初めて愛した人が亡くなった時以来だ。
「おい、いつまでそうしてるつもりだ」
カツカツカツ…とハイヒールの音が近付いてくる。
そして音がピタリと止まった瞬間、背中に痛みが走る。
「い、いたた…」
「何も分かってないようだな、オニーソン…これ、見たいか?」
上を見てみればそこには僕と同じ白衣を着た黒髪ショートの女性が…僕の小学生の頃からの幼なじみでありライバルだ。
奏さん…彼女には昔から敵わない。
彼女はヒールを履いた綺麗な足で僕を踏み付けながら言った。
彼女の手には何かのDVDROMが握られている。
「これが見たいなら、さっさとこっちへ来い」
奏さんはスタスタと歩き出すと、持っていたDVDROMを装置にセットした。
そしてその直後、レイニーのホログラムが僕の目の前に映し出された。
「え、えと…これで大丈夫ですか、奏さん…」
ホログラムのレイニーはキョロキョロしていたかと思うと、ある一点を見つけその方向に向かって喋りだす。
「お兄様がこのホログラムを見ているということは、私はもうこの世にはいないかもしれません…へへ、なんかドラマ見たいですね」
レイニーのホログラムはそう言って照れた様子で舌をぺろっと出してから、にっこりと微笑んだ。
とても彼女がロボットなんかには見えない。
「これは、あの事件のクラウディ出撃前日に撮影した」
そう言う奏さんはソファーに腰掛け、綺麗な足を組みかえる。
「お兄様の研究に欠陥があるなんて私は思っていません…私が神姫としてお兄様のために戦う事は私にとってとても幸せな事でしたから」
レイニーのホログラムは微笑んでいる。変わらないいつもの笑顔で。
「お前が生み出した、ロボットの意識を神姫に移すというものは完璧に思われていたが大きな欠陥があった…だから私はあの日の前日の夜、彼女を止めた」
奏さんは側にあった僕の飲みかけのグラスを掴み、残りを一気に飲み干した。
「私はお兄様を信じています…たとえもうヒューマノイドの体に戻れなかったとしても信じてます…またいつかお兄様と一緒にいられる日々を」
そう言うとホログラムのレイニーは、急に泣き出してしまった。
自分でも分かっていた…まだ未完成だったアレを使うのは怖かった。
でも、自分はレイニーを信じていたから、たとえ多少の不具合が出ても勝てると信じてた。
「お兄様、今の私はいなくなってしまうかもしれませんが、私は私です…ずっとお兄様の側にずっとずっと一緒にいます…」
だから…と言った所でレイニーのホログラムは消えてしまう。
奏さんが急いで装置をいじると、再びレイニーが表情された。
「いま研究所で寝ている私はもしかしたらお兄様の事を忘れているかもしれない…思い出も何もかもなくなっているかもしれない、でもお兄様が作って下さった私に変わりはないのです…」
ホログラムのレイニーは涙を流しながらも笑顔で、手をすっと伸ばす。
ホログラムと分かっていても僕はそのレイニーの手に向かって手を伸ばした。
「お兄様が作って下さった私なら何度でも何度でも…お兄様を好きになるでしょう…そしてまた新しい思い出をお兄様と作りたい、昔の私の話しだって聞きたい…お兄様の事なら何だって」
「ふふ、なんて…言ってみたかっただけです…絶対に負けませんよ、絶対に絶対に勝ってお兄様の所へ戻ります!」
「では…長くなりましたがこの辺りで…奏さん、ありがとうございました」
ホログラムのレイニーは泣いたり微笑んだりしながら必死に言うと、軽く会釈をしながらそのホログラムは消えてしまった。
「ほらオニーソン、眠り姫を起こしてやりなさい…お前が起こしてくれるのを彼女は待ってる」
レイニーには本当に申し訳ない事をしたと思って落ち込んでいた自分は、またこうしてレイニーに助けられてしまった。
「今度は、自分が彼女に恩返しする番…か…」
僕はそのまま一気にレイニーが眠っている所まで歩き出す。
どうやら泣いたりレイニーを見て安心したりした僕の体からは、いつの間にかアルコールが抜けていた。
「さあ、目覚めてくれ…眠り姫…また僕と一緒に新しい思い出を作ろう!」
僕はためらう事なく、レイニーの唇に口づけをした。
その感触はとても柔らかく、とてもロボットとは思えない。
そばで見ていた奏さんは、あまりこちらを見ないようにしている。
そしてその直後、閉じられていたレイニーの瞳がゆっくり開く。
「こんにちは、お兄様…!」
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