「よっしゃー!来たぜ、白銀の世界へ!」
僕の隣にはいつものクールっぷりが嘘のように騒がしい星夜くんがいる。
星夜くんはこのためにわざわざ新しく買ったという、オシャレなスキーウェアをちまりちゃんや美音ちゃん…そこらにいる生徒達に見せびらかすように歩き回っている。
「あいつ…アホね…」
「ちょ、ちょっとね…」
そんなハイテンションな星夜くんの様子を呆れた様子で見ている美音ちゃんと、引き攣った笑顔で見ているちまりちゃん。
いつものような光景だけど、いつもと違う。
それは、ここが白銀の世界だからか…
カラフルな装いの僕たち生徒を除けば、本当にここは真っ白だけが広がる世界。
空も明るいブルーではなく、この白銀に合わせたかのような淡いグレーの空をしている。
「さとる、雪…初めてみた…」
「いくら私たちが雪と関わりのある白魔型といっても、本当の雪を見るのは初めてですね…」
完全防御に徹している僕のスキーウェアの胸ポケットには、ルセルとシュクレの双子の神姫がいる。
「僕もここまでのたくさんの雪を見るのは初めてかもしれない…これは留守番してるラパンとトルテュに写真撮って見せてやらなきゃ」
僕たちの通う中学校の冬のイベント、スキー合宿…学校絡みな時点でラパンやトルテュまで連れていく事は断念された。
神姫の同伴も禁止としおりには書かれていたが、生徒たちはそんな事おかまいなしに自分たちの神姫を連れてきている。
むしろ、雪上でのバトルが出来ると盛り上がっている生徒たちもいるくらいだ。
「せっかくだから雪と遊んでみたらどう?」
僕は胸ポケットにいる二人を出し、まだ足跡のない雪の上へそっと二人を降ろす。
「これが雪かぁ…すごく綺麗だね…」
降ろされた瞬間駆け出していったルセルは、そのまま雪の上にダイブした。
そしてそのまま雪の上に寝転がり、今までに見た事のないような子供っぽい笑顔で雪と戯れている。
「ああ、お姉様可愛い…ではなくて、雪きれいですねぇ…」
一瞬姉の珍しい姿に見とれていたシュクレも、白魔型の血(?)には勝てないらしく雪を両手ですくったり落としたりしながら戯れている。
神姫はフィギュアロボなので寒さは感じない。
防水加工もされているので、雪の上でも問題なく活動出来る。
「可愛いなぁ…二人共…僕も一緒に遊びたいなぁ…」
思わず、そんな声が出てしまっていた。
まずい…と思った瞬間にはもう遅かった。
「あら、あんたもついに神姫魔道の深みにハマったわね」
「これで君も立派な変態神姫マスター!」
この声はちまりちゃんの神姫、姫子さんとアウラさんだ。
その二人を分厚い手袋をした手で持っているのは、くすくすと微笑んでいるちまりちゃん。
そして、その隣には……
「あら~何だかちょっと寂しいかも~悟くんが神姫しか見えなくなっちゃったなんて…」
悪戯な笑みを浮かべている美音ちゃん。
確か…男の子のはずなんだけど、相変わらず格好は女の子そのもの。
ちまりちゃんよりも派手でピンクなスキーウェアを着ている。
「い、いや…違うんだよ…その、さ…」
僕の弁解も聞いてくれなさそうな、ちまりちゃんと美音ちゃん。
二人も連れてきた神姫を僕と同じように、雪の上に降ろした。
「ゆきう、雪ん子だから雪得意だよ!」
「と言っても初めてなんですけどね…私たち」
いつもは白い着物を着ている美音ちゃんの神姫・雪卯さん達も、今回ばかりは水色で雪の結晶の柄が入ったスキーウェアを着ている。
「このスキーウェア、へちまガーデンに売ってるんだよ」
こんな洋服どこに売ってるんだろうという僕の疑問に、即座に笑顔で答えてくれるちまりちゃん。
ちまりちゃんの笑顔は、なんだか元気を貰えるなぁ…なんて思ったり。
「こら、そこっ!もう休憩時間は終わったぞ!」
神姫たちと雪で戯れていた僕たちは、担任の先生の大声で楽しい気分を一気に打ち消された。
「みんな、早く神姫たちを隠さないと…」
「そうだね…ルセル、シュクレ、楽しんでるとこ悪いけど…」
僕はちまりちゃんに言われて、いつの間にか神姫同士みんなで雪合戦をしていた双子を胸ポケットに慌てて戻す。
「せんせー、あいつはほっといてもいいんですかぁ?」
「何を言ってるんだ、白鳥…桜井なら真面目にやってるぞ!」
先程までテンション高くはしゃいでいた星夜くんがいた場所を指差す美音ちゃん。
不思議そうに先生が指差した方向でみんなと真面目にスキーの授業を受けていた。
「ほら、いつまでも遊んでるのはお前たちだけだぞ? さっさと戻るんだ!」
「「「はーい…」」」
先生をこれ以上怒らせても面倒なので、僕たちは急いで星夜くん達がいる所へ向かった。
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「はぁ…疲れちゃったわ、もう…」
スキー場では大きな方である、今回僕たちが宿泊する予定のホテルの広いロビーに美音ちゃんの大きな声が響く。
「美音ちゃん、声大きいよ…」
回りをキョロキョロ見渡して、ロビーの立派な一人掛けソファーにふんぞり反っている美音ちゃんに声をかけるちまりちゃん。
「ホントにお前らは気力の足りない奴らだな…」
ホテルの中なので先程までの自慢のスキーウェアを着ていない星夜くん。
学生服のイメージが強かった星夜くんだけど、普段着はかなりお洒落な感じに着こなしている。
「うちのマスターはスポーツ馬鹿だからな…なぁ、水都?」
「単細胞ともいうか…神姫馬鹿でスポーツ馬鹿…」
「おっ、お前らー!!」
ラフな格好の星夜くんの肩に乗っている、月夜さんと水都さんはマスターである星夜くんをからかってクスクス笑っている。
「い、いない…」
そんな和やかな空気を掻き消すように、さっきまで大声を張り上げていた美音ちゃんが真っ青な顔で呟いた。
「どうしたの、美音ちゃん?」
持っていたバッグの中身をひっくり返してまで、何かを必死に探している美音ちゃん。
ちまりちゃんはそんな美音ちゃんに心配そうに声をかける。
「全くそんな元気があるなら、スキー教室の時に…」
また何か大袈裟に言ってるだけだろうと、呆れた様子で言う星夜くんを美音ちゃんのさらに大きな声が制止する。
「いないのよっ!雪卯が…さっきまで一緒にいたはずなのにっ!」
美音ちゃんは私のせいだと大きな声で泣き出してしまう。
「まだ近くにいるかもしれない…ここはまずは落ち着いて…」
「ああっ、どうしようっ!悟くんっ!」
僕が美音ちゃんに落ち着いてもらおうと声をかけるも、美音ちゃんは僕に抱きつきさらに大きな声で泣き出してしまう。
「え、えと…」
そんな騒ぎに困ったようにソファーの影から出てきた小さい方のゆきうさんは、とても申し訳なさそうにしょんぼりしている。
「ゆきうちゃん、雪卯さんがどこ行ったか分かる?」
ちまりちゃんはそんなゆきうさんを手に乗せると、優しく落ち着いた声で尋ねる。
「美音がスキーしてる時…なにか呼ばれた気がするって…ゆきう止めたけど…えぐっ…」
そこまで言って、ゆきうさんも泣き出してしまう。
ちまりちゃんは、泣いているゆきうさんの頭を優しく指で撫で続ける。
「どういう事なんだ、一体…さっき、予報で見たけど今から朝までこの辺りが大荒れに…」
星夜くんもこの事態に真剣な表情で、携帯と目の前の大きなガラス窓を見比べている。
その予報が正しい事であるか証明するように、窓の外はかなり荒れていた。
昼間は綺麗だと思った雪景色も、吹雪であれている今はその恐ろしい姿をあらわしている。
「このままじゃ雪卯がっ…雪卯っ!雪卯っ!」
美音ちゃんは僕をかなり強い力で突き飛ばすと、そのまま玄関口までダッシュして行ってしまう。
「やめて、美音!誰か、美音を止めて!!」
ちまりちゃんの悲痛な叫びに瞬時に反応して追い掛けていく星夜くん。
「馬鹿やろっ…おい、お前らはここで待ってろ…担任のやつに見つかったら面倒だからな…後は俺が何とかするっ!!」
風呂から上がってきたと思われる男子達の団体を押しのけ、星夜くんは美音ちゃんを追い掛けていってしまった。
「さとる…美音ちゃん達大丈夫かな…」
星夜くんの言葉を信じ、ちまりちゃんと僕はロビーのソファーに並んで座って二人を待つ事した。
心配そうな顔をしたルセルが、僕の胸ポケットから顔を出し僕に尋ねる。
「美音ちゃん…あんな格好でこの吹雪の中出たら…」
「ぐすっん…ゆきうのせいだぁ…どうしよう…」
ちまりちゃんの言葉にゆきうさんがまた泣き出してしまう。
ちまりちゃんはハッとした様子で、ごめんねとゆきうさんを手でぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫…絶対に大丈夫…」
僕は手をぎゅっと握りしめると、ただ二人の帰りを待っていた。
もうみんな部屋に戻ったのか僕たちのいるロビーは、どんどん静かになっていく。
時計を見れば、二人が出て行ってから20分が経過していた。
「お前ら…まだこんなとこにいたのか…明日も早いんだから、早く自分の部屋に戻れ!」
見回りに来た先生に見つかってしまった、仕方なく僕らはロビーから先生が来なそうなエレベーター前の通路まで走ってきた。
「どうしよう、ミニーソンくん…このままじゃ…」
ちまりちゃんの心配している事は分かる。
先程の先生はホテルの従業員の人と一緒にいて、戸締まりの確認をしていた。
このままでは、美音ちゃんと星夜くんはホテルに戻ってこれない。
僕は必死に頭を巡らすと、美音ちゃんが偶然持ってきていた携帯用ゲームの端末が目に入る。
ちまりちゃんがぶつまけられていた美音ちゃんの持ち物を慌ててしまったので、見える所にそれが出ていた。
「これ…使えるかも…」
僕はそのゲーム機を手にすると、電源を入れ少しいじる。
これを使えば、非常口のロックぐらい簡単に開ける事が出来そうだ。
「ちまりちゃん、僕はこれからこのゲーム機で非常口のロックを開け、二人の帰りを待つよ…だからちまりちゃんは…」
「ミニーソンくんまでいなくなっちゃうの…」
僕の声に掻き消されて聞こえなくなるような小さな声で、ちまりちゃんは必死に何かを堪えながら呟いた。
「ちまりちゃん…」
「ううん、大丈夫…ちまりの所には、姫子にアウラにゆきうちゃんもいるし…」
さっきまで泣き出しそうだったのが嘘のように笑顔になる、ちまりちゃん。
ちまりちゃんの強がりと優しさを無駄にしてはいけない…
「ごめん、ちまりちゃん…必ず、みんな無事に帰るから!」
僕はそのままゲーム機を握りしめ、目の前にある非常口に向かって駆けていく。
大丈夫、絶対にみんな無でまたみんなで笑える。
僕はその言葉を胸に、非常口のロックの解除に意識を集中させた…。
「さとる…本当にこれで開くの…?」
僕が非常口を開けるために携帯用ゲーム機と格闘していると、心配したような細々とした声でルセルが尋ねてきた。
「多分、これで…大丈夫…」
ガチャッと音がして、何とか非常口のロックを解除する事が出来た。
「ははは…ちょっとややこしい改造しちゃったから、このゲーム機でまた遊べるか分からないけど…」
「マスター、今はそんな事を言っている場合では…」
ルセルと同じ、僕の胸ポケットにいたシュクレが静かな声で申し訳なさそうに言った。
確かにそうだ…
二人はここまで戻ってこれていても、どこの扉もロックされていたら入れるわけがない。
早く二人にそれを伝えなければ…!
僕は防寒の準備を整えると、ロックを解除した非常口から吹雪で荒れる銀世界に飛び出した。
「雪卯も見つからないし…あたしたち助からないのかしら…」
「さすがにこの猛吹雪だと、携帯も使えないな…俺たちがいないと分かれば助けが来るはずだと思うが…」
昼間に休憩所として使っていた外の休憩スペースに、星夜くんと美音ちゃんは身を寄せ合い何とか寒さをしのいでいた。
「おーい、美音ちゃん!星夜くーん!」
ズボ…ズボ…と少しずつしか前に進めないのが悔しい。
僕は吹雪でよくは見えないけど、二人の声がする方へ精一杯叫んだ。
「あ、あの声は…」
「悟…悟じゃないか!? おーい、こっちだー!」
僕の叫びに叫びで返す二人。
何とか無事でいてくれてよかった。
僕の足は歩きにくいながらも雪を掻き分け進むスピードは、さっきよりだいぶ早くなる。
「早く…早く二人を助けなきゃ!」
僕が進むにつれ、二人の足音が近付いてくる。
まだ歩ける状態であった事が本当によかった。
「悟くんっ…ありがとうっ…また助けられちゃったわね、あたし…」
美音ちゃんは僕を見つけると駆け足になり、僕に飛びつくためにジャンプした。
美音ちゃんに飛びつかれ、そのままバランスを崩し倒れる僕。
「おいおい、何してんだ…俺たち、まだ助かってないぞ」
かなり血色の悪い顔をした星夜くんが、僕と美音ちゃんをグイと起き上がらせる。
「でも、雪卯は結局…」
また泣き出してしまう、美音ちゃん。
その涙は一瞬にして凍り付いてしまった。
「美音ちゃん、今雪卯さんを探すのは危険だ…今はとりあえず僕たちだけでも避難してまた改めて探そう!」
「神姫は寒さにやられる事も溶けた氷でショートするなんて事もないからな…とりあえず今は帰るぞ、美音!」
星夜くんは再び泣き出してしまった美音ちゃんを立ち上がらせ、引きずりながら歩き出した。
「あそこの非常口のロックだけ解除したんだ…二人共、早く行って!」
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